財津和夫は超能力者? エアコンのリモコン操作でテレビが消える不思議な体験を告白

TULIP・財津和夫が、時には身の回りで起きる不思議な出来事についても語るRKBラジオ『財津和夫 虹の向こう側』。9月6日の放送では、リモコンやデジタル時計をめぐる不思議な体験を披露し、「いじわるじいさん」を目指す理由も明かします。

財津は「磁場男」?

今回の放送でご紹介したリスナーのお便りでは、番組で以前紹介した天神の本屋にまつわる話と自分の体験が「シンクロニシティ」だったという報告と「お二人はそのような経験ありますか?」との質問を頂きました。
この「シンクロニシティ」という言葉、初めて聞く方もいらっしゃるかもしれませんので、少しだけ説明です。「自分は意図していないのに、意味のある偶然が重なること。心の内面と現実とが同期(シンクロ)する現象」のことで、心理学者カール・グスタフ・ユングが提唱した概念です。

財津「シンクロっていう感覚は、よくありますね」
下田「おー、例えば?」
財津「いや、いっぱいありますよ。テレビを見ていて、思っていたことが、パッと話題になって出てくるとか。特にYouTubeを見てると、ありますね」
下田「へぇー」
財津「興味を持っていることで、別に検索したわけでもないのに、興味を持っているってことすら忘れていたのに、パッと出てきて、『あ、そうだ、さっきこれ気にしてたよな』とかあるし。それから、えっと…例えば、リモコンあるでしょ?」
下田「ええ」

財津「リモコンを、間違えて(笑)」
下田「なにに?」
財津「クーラーのリモコンを、テレビ(のリモコン)だと思って。そのクーラーのリモコン、ポンと押したらテレビがパッと消えたりとか」
下田「いや!(叫び)・・・それは心霊現象でしょう!偶然ではなくて」
財津「いやいや、よくありますよ。あの…『あ、チャンネル変えよう』と思って、どこか間違えてまた押しても、チャンネルが変わったりとか」
下田「えぇー!?」

財津「あのー、ちょっと言い過ぎかもしれませんけど、僕、昔からレコーディングしてる時にスタジオに行くと、それまでちゃんとスムーズに流れていたスタジオ作業が急に、機材が壊れたりとか」
下田「えっ!?」
財津「『あ、ちょっと待って、修理するから』とか言うことが、もうよくあるんですよ」
下田「本当?」
財津「だから僕、電磁波をまとっているんじゃないかなと思って」
下田「(笑)人間リモコン?」
財津「(笑) 本当に」

財津「そういうことないですか?」
下田「あんまりないですね」
財津「本当に?」
下田「思い浮かばない、全然」
財津「でも電磁波って、人それぞれ持ってますよね。強い人と弱い人いるんじゃない?」
下田「へぇー」
財津「どう?」
下田「うわー、全くないね」
財津「ない?」
下田「うん」
財津「僕のこと『磁場男』って呼んでください」
下田「そうですよー! 磁力を持ってるんです。だからみんなが群がってくるんです」
財津「群がってくる!」
下田「(笑)」

「1111」は不運のサイン?

続いては、別のリスナーからのお便りを紹介します。
下田「これもちょっと1つの偶然、シンクロニシティか、怪奇現象かもしれませんね。『スーパーで買い物をして会計の金額が「2222」。2222円と並びましたキャー!』って。それないですか?7777になったりとか」
財津「あー、ありますね。昔よくありましたね、若い頃は」
下田「ほう」
財津「若い頃は、パッと時計見ると、いつも11時11分でしたね」
下田「えー!」
財津「1111」
下田「へぇー」

財津「で、えー何だろうと思ったんですけど、ものすごく続くんですよ、それがね」
下田「ほう」
財津「で、なんか意味があるのかなと思っていたら、なんか1111を見るたびに不運なことが起こるんですよ」
下田「へぇー」
財津「私、1111と不運を結び付けてしまいまして。それ以来、1111って1が4つ並んでるのを見ると、1112になるまでずっとデジタル時計を見続けて、1111じゃないぞ!っていうことを確認するかのように」
下田「ええ、ええ」
財津「そうやって危険回避してます」
下田「あー、そうですかー」
財津「考え過ぎですよね、私」
下田「いや、でも大事なことだと思います」

今日の一曲は、そのスーパーでの「2222」にちなんだリクエストです。
TULIP『2222年ピクニック』。1982年に発売されたアルバムのタイトル曲です。

財津が「いじわるじいさん」を目指す理由

エンディングでは、財津の最新刊の内容に関するリスナーのコメントをご紹介します。
「財津さんは著書『大丈夫さ 私の履歴書』の中で、いじわるじいさんになりたいとおっしゃっていますが、それは財津さんには無理なのです。いじわるじいさんやばあさんは、自分がいじわるをやっていることをいじわると思っておらず、何も考えず自然とそれができてしまうのです。周りに気遣いばかりしている財津さんが、わざといじわるをしようとすると心が疲れ、続けることができません。だから財津さんには無理なのです。姫野さんならなれるかもしれませんが…」と頂きました。

財津「賛成です」
下田「そうですか?」
財津「この意見に賛成します」
下田「どういうところから賛成?」
財津「いや、それはもう何十年も一緒にいてね。姫野のもう頭のてっぺんから足の先まで、お尻の中まで、そんなこと言っちゃいけませんが…隅々まで知ってる私がですね、姫野さんならなれると思ってます」
下田「そうですか。財津さんは、いじわるじいさんになろうと決めたとおっしゃってましたけど」
財津「はい、僕は『いじわるばあさん』を昔読んでて」
下田「長谷川町子さんの作品ですね」
財津「そうですね。それを読んで、『この主人公は変な人だな。作家も、何でこんなこと描くのかな。意地悪していいはずないじゃん』って子供心に思ったの」
下田「うん、うん」

財津「でも、自分が歳とっていって、そう言えば『いじわるばあさん』がこんなこと言ってたなとか、あんな行動をしてたなとかって思い出すにつれて、ひょっとして『いじわるばあさん』って良い人だなと思ったんですよ。同時に、『嘘をつかないで生きて行こう』、そういうことを言ってるんじゃないかなと思って。それで、私は、いじわるばあさんにはなれないけど、じいさんにはなれるな、それを目指そうと思っております。いわゆる嘘の善?」
下田「はい」
財津「偽善的なことが嫌いなんですよね、この主人公はね。僕は偽善でも好きですけど」
下田「(笑)」
財津「でも正直に生きていこうと思ってるんで、『いじわるばあさん』を見習いたいと思います」

下田「分かりました。じゃあ私も新たな目標ができました」
財津「本当ですか?」
下田「いじわるばあさんになります」
財津「本当ですか?(笑)もっと、もっともっとあと何十年もかかるじゃない」
下田「もう、もう近いです(笑)」
財津「下田さんはね、いじわるばあさんになれませんよ」
下田「なんで?(笑) そうかしら」
財津「姫野に似てるから」
下田「あらま!え?ちょっと待って、よく分かんなくなってきた(笑)。 もうちょっと、よく考えてみましょう。また『いじわるばあさん』読もうかしらね」

姫野に似ていると言いながら、下田アナには『いじわるばあさんになれない』と告げる財津。その発言自体が、どこか“いじわる”にも聞こえます。

次回9月13日の放送は、通常通り18時15分(午後6時15分)からの予定です。
財津が手がけた楽曲にまつわる話題をお届けします。

財津和夫 虹の向こう側
放送局:RKBラジオ
放送日時:毎週日曜 18時15分~18時30分
出演者:財津和夫、下田文代
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※該当回の聴取期間は終了しました。

「バスの運転士」の一言が、10年前の記憶を呼び覚ました―ラジオが結んだ、不思議な再会

先日、ニッポン放送では『上柳昌彦 あさぼらけ スペシャル ~あけの語りびと~』をお送りしました。実は8人の方を取材させていただいたのですが、皆さんのお話が、どれもドラマがあって、ご紹介しきれませんでした。

※イメージ画像

そこで、ご紹介できなかった4人の方を、4週にわたって、『あけの語りびと』でお届けしています。今週は3人目の方です。不思議なご縁で繋がるラジオネーム「すみちゃん」の物語です。

7月28日に発生した「令和8年熊本地震」。その翌日は水曜日だったので、いつもの『あけの語りびと』は、急遽お休みして、熊本からメールを送ってくださったリスナーさんに電話をつなぎました。

実はその方、10年前にもお話を伺っていたんですが、いただいたメールでは、同じ方だと分からなかったんです。お話の中で、『10年前、バスの運転士だった…』と聞いた瞬間、「あっ、あの時の!」

私の脳裏に、10年前の記憶が、鮮明に蘇ってきたんです。不思議なものですね。「バスの運転士」という言葉が、10年の時を経て、私の記憶の引き出しを開いてくれたんです。

熊本市にお住まいのラジオネーム「すみちゃん」は、50歳です。ラジオを聞くようになったのは、中学三年生の冬。受験前にインフルエンザで寝込んだ時、枕元で聞いたラジオが、とても面白かった。それが、ラジオとの出会いでした。

当時、熊本ではニッポン放送が聞けなかったので、窓際にラジオを置いて、向きを傾けたりして、雑音の中、聞いていたそうです。

「そうそう、上柳さんの声を初めて聞いたのは私が高校二年の時でしたね。こちらのローカル番組が始まる前の、夜7時10分から20分だけ、熊本放送(RKKラジオ)で、『花の係長 ヨッ!お疲れさん』がネットされていたんです。東京のラジオ局は、めちゃくちゃ面白い!と思って聞いていましたよ」

高校へ通う電車の中でもポケットラジオで聞くほど、ラジオ好きになったすみちゃんは、大学を卒業すると教員免許を取り、中学校の「技術」の教師になりました。本棚を作る木材加工や、電子製品のはんだ付けなどを教えていたそうです。

しかし、教師の仕事は勤務時間が長く、生徒や保護者への対応など、さまざまなことが重なり、別の道を考えるようになります。

子どもの頃から乗り物が大好きだったすみちゃんは、36歳のとき、市内バスの運転士になりました。始発バスを担当する日は、朝5時過ぎには発車前の点検作業を始めます。

「朝早く起きるのは、やっぱりつらいんです。眠い目をこすってラジオをつけると、あれ?上柳さんの声が流れてきたんです。『あ、うえちゃんの番組が始まったんだ!』と、朝の楽しみが生まれましたね」

ところが、番組スタートから3週間後、2016年4月14日夜9時26分、熊本地震が発生しました。その夜、地震の様子をメールで知らせてくださったすみちゃんに、翌朝、スタジオから電話をつないだんですね。

あの電話から10年が経った今、バスの運転士さんをされていないと伺って、どうされたのか、ちょっと気になって、お話を伺うと、体調を崩されたとのこと…。検査を受けると腎臓の機能が低下していて、今は週に3回の透析を受けています。昼間の仕事は難しくなって、夜、ガソリンスタンドの事務をされています。そこでは、ラジオが聞けます。

オールナイトニッポンから「あさぼらけ」へ…「明け方、ラジオから、うえちゃんの声が流れてくると、ああ、そろそろ今日も仕事が終わりだなぁ、って思うんですよ。今は、ラジオから聞こえてくる、うえちゃんの声が、ホッとする一日の締めくくりになっています」

ラジオネーム「すみちゃん」、今朝もお仕事、お疲れ様です!

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