宇多丸、『ブルータル・ジャスティス』を語る!【映画評書き起こし】

ライムスター宇多丸がお送りする、カルチャーキュレーション番組、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」。月~金曜18時より3時間の生放送。

『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今週評論した映画は、『ブルータル・ジャスティス』(2020年8月28日公開)です。

宇多丸:
さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今週、扱うのは8月28日に公開されたこの作品、『ブルータル・ジャスティス』。

(曲が流れる)

Street Corner Felines~♪ フフフ、歌っちゃった(笑)。『トマホーク ガンマンvs食人族』『デンジャラス・プリズン 牢獄の処刑人』などを手がけたS・クレイグ・ザラーが、監督・脚本・音楽を務めたクライムアクション。主演はメル・ギブソンとヴィンス・ヴォーン。ベテラン刑事のブレットと相棒のトニーは、強引な逮捕が原因で6週間の停職処分を受けてしまう。家族のために大金が必要なブレットは、トニーを誘い、ある犯罪者たちを監視し、彼らが強奪した金塊を奪う計画を立てるのだが……といったあたりでございます。

ということで、この『ブルータル・ジャスティス』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、残念ながら「少なめ」。なんですが、やはり公開館数がね、日本全体でも3館のみ、東京だと1館のみということで。これはまあ、そういうのもあるのか……あと、人を選ぶ、というのがありますんでね。

賛否の比率はでも、見た方は褒めるメールが8割以上。我が事のように嬉しい!

主な褒める意見は、「暴力描写がえげつない」「何気ない会話シーンでも緊張感がすごい」「ふた昔ほど前の映画を見てるよう。渋い」「オフビートでブラックなユーモアが楽しい。上映時間の長さも気にならなかった」などがありました。一方、批判的な意見としては「さすがに長すぎる。冗長」。これもね、こういう意見が出るのも理解はできる。「カタルシスがなく、モヤモヤが残った」。カタルシスは全くないです。はい。こういう意見もわかる、というあたりでいただきました。

■「『最高』以外の2文字が出てきません」byリスナー
ということで、代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「マイケルジェイホワイ子」さん。「宇多丸さん、こんばんは。初メールです。『ブルータル・ジャスティス』、見ました。ありがとう、S・クレイグ・ザラー監督。ありがとう、配給会社。当ててくれてありがとう、宇多丸さん。ありがとうが止まりません。『トマホーク ガンマンvs食人族』『デンジャラス・プリズン』と、傑作しか撮らないザラー監督の新作が、メル・ギブソンとヴィンス・ヴォーン主演であるという噂を聞いて以来、ずっと猛烈に興奮していた私は、もちろん有給を取得してバルト9に乗り込み2回連続で見ました。

感想としては『最高』以外の2文字が出てきません。ノワール、バイオレンスとしての渋い完成度に加えて、今作はとにかくユーモアが炸裂しまくってます。主演2人は前時代的なマッチョ警官コンビですが、ひたすら真顔でボケ続けます。洒落たディスりあいや掛け合いではなく、お互いに突っ込みもせず笑いもしないという『ドキュメンタル』状態だけがひたすらに続きます。たまりません。話の本筋自体はシンプルですが、主要人物の背景を最小限の描写で表し、意味ありげな脇役たちのサイドストーリー、明らかにオーバーなゴア描写で我々観客の興味を160分もの間、つかんで話さないダラー監督の手腕に改めて惚れ込んでしまいました。また時節柄、警察コンビの停職のきっかけとなる事件を考えると……」。

そうなんだよ。あの絵面がすごくね、そうなんですよ。ジョージ・フロイドさんのあれとちょっと似ててね。「……考えると、現実世界は S・クレイグ・ザラー監督の世界よりも残酷であるという救いのなさに直面しました。彼の映画を流れる空気感や倫理観というものも実は深く考えさせるものなのかもしれません。もちろん映画自体はザラー監督お手製の音楽や、マイケル・ジェイ・ホワイトなども含めて、とにかく全てが最高な大傑作なので公開館と上映回数がもっと増えてほしいです。『キングスマン』分のスクリーンは『ブルータル・ジャスティス』で埋めるしかない。ショットガン、サファーリ♪」。ねえ。やっぱり歌っちゃう、っていうね(笑)。

「よくなかった」という方も一応、代表的なところをご紹介しましょう。「オムライス食べ太郎」さん。「『ブルータル・ジャスティス』、ウォッチしてきました。先週の『ブックスマート』に比べたらたしかに万人向けではなく、私も好きかどうかと言われると面白くなかったわけではないですが、正直そこまで好きな映画ではないような気がしています。暴力描写よりも独特の間の取り方、特に前半のゆったりとしたというか冗長さは退屈に感じてしまいました。

そこをテンポ良くしたりすれば映画がよくなるとか、そういうことではないとは思うのですが、テンポよく進めることができるところを生々しさというか、淡々としたやりとりで放置するような独特さは暴力描写よりも人を選ぶ要因だと思います」。たしかにたしかに。でも、いろいろと褒める部分とかも書いていただいて……。

「暴力描写も急に登場したあの人物がちょっと悲惨なことになるシーンはつらかったです。特にこのシーンは人体損壊描写がよく見えるようになっていたし、そもそも暴力を振るわれるためだけの人物を、いくら印象的になるとはいえ、あんな猟奇的な様を見せる必要性があったでしょうか?」。その彼女の背景というかね。

「たとえば、建物に入る前に電話していたとか写真を見るとかだけで、あとは親の言葉とディスプレイだけで観客にはその赤ちゃん、自分の子供への愛情というのは十分に伝わったかと思います。この長さと独特のテンポ感は映画館でなければ見なかった映画だと思います」。たしかに映画館でこそ、という作品でもありますね。

■祝! 新しいバイオレンス映画の形を作り上げたS・クレイグ・ザラー監督の日本初劇場公開
といったあたりで、皆さん、ありがとうございます。私も『ブルータル・ジャスティス』、今回のタイミングで、もちろん劇場、バルト 9でも見てまいりました。ほぼほぼ満席が続いているようですね。あと、そもそも輸入Blu-ray。一足先に見てこそ、大騒ぎしてた、というのもありますので。もう何度かな? ちょっと数えられないぐらいは結構見ております。

パンフも作られていないような感じの状況ではあったんですが、ただ、あれだけ自分で推しておいてなんですけど、嬉しい反面、バルト9が満席になってる様子を見ると、ちょっと心配にもなる、というね。ものすごく人を選ぶ作風なのは間違いないと思いますのでね。インターネット・ムービーデータベースとかでもね、褒めている人はすごい褒めてるんだけど、酷評の嵐はすごいです(笑)。本当に。で、それもまあしょうがないかなって、好きな人間も思うところもある、というね。

ともあれ、祝!S・クレイグ・ザラー監督作日本初劇場公開作品、ということで。アメリカ、マイアミ出身の映画監督、脚本家、撮影監督、小説家にしてミュージシャン……ブラックメタルバンドの、たしかドラマーだったと思いますね。当番組では2018年9月5日に、映画ライターの村山章さんが、おすすめ未公開作品ということで……まあ僕が好きだろうというラインをちょっと選んで、推していただきました。監督デビュー作、2015年の『トマホーク ガンマンvs食人族』。傑作だった! そして二作目。2017年『デンジャラス・プリズン 牢獄の処刑人』。傑作だった! こちらを紹介してくださって。

まあ、僕のツボ、そしてディレクター蓑和田くんのツボを直撃し、隙あらば推してやろう、という感じになってたわけですね。で、すごいこの二作がよかったので……そしたらなんと、三作目がもう、メル・ギブソン主演であるじゃん! ベネチア映画祭とかで上映してるじゃん!……って思ったんですけど、ちょっと後ほど言いますけど、アメリカ本国でもあまりいい形で公開されなかった、ということもあって。その時点では、配信でもちょっと日本で見られる目処が立たなかったので、輸入Blu-rayを観て、改めて、「やっぱりS・クレイグ・ザラー、好きだわー!」ってなったという。『映画秘宝』のベストに入れたりしましたけど。

では、そのS・クレイグ・ザラーさん、どんな映画を作る人なのかと言いますと。先ほどね、輸入Blu-rayを先に買ったと言いましたけど、その特典映像で、いろんなインタビューとかが入ってるんですけど、メル・ギブソンがこんな表現をしています。それを引用するなら……サム・ペキンパー、ドン・シーゲルみたいな匂いがする、あとはジョン・ブアマン『殺しの分け前/ポイント・ブランク』のテイストなんかがある、なんてことを言っているわけです。これ、僕にとっては、最上級マックスの表現なんですよ! これね。

要は70年代アメリカの、ざらっとしていて無骨な、ぶっきらぼうな、でもそれでいて全体に、無常観とか寂しさが漂うような、バイオレンスアクション。僕の本当に一番好物。「一番好きなタイプの映画はどれですか?」って言われたら、やっぱり70年代アメリカアクション映画かな、っていうのがあるんですけども。それを連想させるような……でも、かといって回顧的とかレトロ的かっていうと、そういうことは全くなくて。たとえばその、サム・ペキンパー映画のああいうセンチメンタリズム、自己憐憫感みたいなものは全くないですし……というか、それの逆だ、と言ってもいいと思いますし。あるいは、ドン・シーゲルのその、テキパキした職人的な語り口、みたいなものとも全く全然違って。

やはりその、2010年代以降の現在、S・クレイグ・ザラー作品ならではの……ひどく人間くさいのに、異様なまでにドライでもある。ゆったりしたテンポで進んでるなと思ってると、ぎょっとする素っ気なさですべてが決定的に変わってしまう。みたいな、本当に独特の、新しいバイオレンス映画の形を作り上げた、という風に僕は言っても過言じゃないと思ってます。S・クレイグ・ザラー監督。

■生活感のある描写を積み重ね、そして暴力描写も引いた目線で素っ気なく撮る
ものすごくざっくり言えば、暴力的な世界に生きてきた人々が、よりコミュニケート不能なレベルの暴力性、この世の地獄、というのを前にして、必死でもがくけれども……といったような話を、いつもやってると思ってください。で、その世界というものの本質的な暴力性、この世の地獄っぷりというのを、ユーモアさえ感じさせる身も蓋もないドライさで描き出す、というこの感じ。空気感として一番近いのはね、いろいろ考えたんだけども、僕、ひょっとしたらこれね、リドリー・スコットの『悪の法則』あたりが実は、空気感が一番近いかなと。

特に今回の『ブルータル・ジャスティス』は、『悪の法則』にすごい近い空気感があるな、という感じがします……なんて思っていたらですね、 S・クレイグ・ザラーさん、小説をめちゃめちゃいっぱい出してる人で、二作目の『Wraiths of the Broken Land』という作品を、なんとドリュー・ゴダードの脚本、そしてリドリー・スコット監督で、いま企画を進めているそうで。面白いに決まってるじゃん、そんなの! 楽しみ!っていう感じですけどね。

で、先ほどの『トマホーク』然り、『デンジャラス・プリズン』然り、基本的な語り口はすごくでもね、どっしりと腰が据わった、非常に重厚なものなんですね。これ、カメラマンのベンジ・バクシさんという方の腕がすごくいいのも大きい。相性がいいのもあるんでしょうけども、非常に語り口は、むしろクラシカルですらある。で、事態が本格的に動き出すまでは、今時の映画としては、かなりスローペースです。だから、ここでやっぱり退屈に感じる人がいるのは……特に、今時の映画のテンポ感みたいなのに慣れてる人はやっぱり、退屈に感じてもおかしくない。昔はこういう映画、いっぱいありましたけど。

なんだけど、その中での会話の妙とか、生活感のある描写の積み重ねが、やっぱりキャラクターとか世界観、つまり映画全体を、ものすごく豊かにしてる、っていうことだと思いますよね。で、いざ暴力的な事態が発動する時もですね、徹底してこれ、カメラワークも含めて、引いた目線……なにか、たとえばゴア描写がある時も、基本的にはカメラは引いてるわけですね。あの、顔面破壊の時だけなぜか寄る、っていう変な癖があるんですけど(笑)。非常にそっけない、なんか引きでやるからこそ、ああ、そこで何かが起こった、っていう感じが本当にする。非常にリアルで怖い、っていう感じがあったりする。

あと、特にクライマックスでこれ、よく見られるんだけど、このS・クレイグ・ザラー作品、ある種の膠着状態が続くからこそ、緊張感の持続が半端ない、というそのクライマックスの、たとえばその空間の利用の仕方、人物それぞれの配置の仕方、というね。そういうクライマックスの作り方の構造なんかも含めてですね、すごく非常に巧みだとか。

あとは人間描写、キャラクター描写。生々しく、豊かなのに、異常にやっぱり、さっきから言ってるように、繰り返して言いますけども、突き放した、ドライな印象があるわけですね。で、これはもうひとつ、音楽の独特な使い方、というのが影響してるわけです。要はですね、この S・クレイグ・ザラー監督は、今回のメイキング映像でも言ってましたけど、劇伴、要するにドラマを盛り上げるための、あるいはシーンや人物の感情に明快な色付けをするためのBGM、というのを、ほぼ全く使わないんです。

■70年代米国バイオレンスアクション映画を思わせながらも、完全に新しい作品になっている
これはですね、Blu-rayの発言などでも、要は「『これは善』とか『これは悪』みたいな色分けをしたくないんだ」ってことを言ってました。ただ、そのかわり、特に……まあこれは『デンジャラス・プリズン』以降です。『デンジャラス・プリズン』でもやってることなんですけども、今回の『ブルータル・ジャスティス』もそうですけど、パッと聞き、70年代のソウルミュージックのレア音源かなにかかな?って思ってると、なんと……たとえばこのオージェイズの、エディ・レヴァートさん、ウォルター・ウィリアムズさんなんかを招いて。あるいは、タヴァレスというグループが昔いましたけども、そのタヴァレスの、フェリシアーノ・タヴァレスという本名ですけども、ブッチ・タヴァレスさんという方を呼んできたり。

要するに、モノホンの、レジェンド級のソウル歌手を呼んできて、なななんと、音楽担当ジェフ・ヘリオットさんとの共同で、S・クレイグ・ザラーみずから作った曲……しかも歌詞なんかは、この映画の特典映像によると、即興で書いていくらしいんですよ。オリジナルの新曲なんですって、あれ!っていうね。劇中で、登場人物たちのそのカーステから流れたりとか、あとは店内のBGMとか、そんな感じで、ガンガンガンガン流れまくる、という。そういう、非常に変わったバランスの試みですね。

つまり、タランティーノ的なね……要するにタランティーノが主に広めた、ああいうDJ的な感覚、昔の曲を拾ってくる、っていうのでもないし。あとは、なんていうかな、これだけソウルミュージックとかを扱っているんだけども、ヒップホップ感が全くないんですね。ゼロです。だから、ああいうハイドロ車みたいなのに乗っているアフリカ系アメリカ人の人がいるのに、普通だったらここ、ヒップホップが流れてるところだけど、ソウルミュージックが流れてる、っていう。もう本当に、独特なんですよね。

で、こういう非常に変わった試みをしてるんですけども、このバランス感はそのまま、S・クレイグ・ザラーの、さっき言ったバランス感と同じです。70年代アメリカのバイオレンスアクション映画を彷彿とさせるけども、完全に今の、S・クレイグ・ザラーならではの新しい作品になっている、という。ザラー映画のあり方、如実にこの音楽の作り方っていうのにも、現れているかと思いますね。本当に変わった作り方をしている、実は。

■『ブルータル・ジャスティス』よりオススメの邦題は『狼たちのはらわた』もしくは『狩人たちの街』
で、そんな感じでですね、非常に作家的こだわりが強い方……一見、ジャンル映画風だけど、職人的というよりはやっぱり、はっきりとアーティスティック、アート映画的な作品づくりをしている方なので。今回の三作目にあたる『Dragged Across Concrete』、邦題『ブルータル・ジャスティス』もですね、これだけスター的な、要するにメジャーなメンツが揃っている作品にも関わらず、配給のライオンズゲートがですね、要は「もっと尺を短くしてくれ、せめて130分にしてくれ」っていう、まあ、これはごもっともな要望を出したわけです。

なんだけど、当然これ、130分に削ると、いろいろ台無しになっちゃうわけですね。で、それを突っぱねたわけです、監督のS・クレイグ・ザラーは。その結果、ライオンズゲートはどうしたかというと、アメリカでも非常に限定的な劇場公開しかしなかった……だけではなく、劇場公開とほぼ同時にデジタル配信をしちゃった、っていうね。なかなかな冷遇をしたわけですね。あと、公開の仕方という意味ではね……すいません、あの、公開していただくだけでありがたい!っていうのはもう、大前提なんですけど。

このね、『ブルータル・ジャスティス』っていう日本タイトルも、個人的には正直ちょっと……つまり、「ジャスティス」なんかはどこにもない話なんで。「ジャスティス」の話なんかは1個もしていない話なんでね。ちょっとこれ、どうかな?ってのがあって。まあ『Dragged Across Concrete』、「コンクリートの上を引きずり回されて」みたいな、これはなかなか難しいにしても……ここはやっぱり伝統の、『狼たちの』シリーズで行けばいいじゃん! 僕が考えた『ブルータル・ジャスティス』の邦題、『狼たちのはらわた』。はらわた、出てくるし(笑)。

あと、『狩人たちの街』とか、『狩人』みたいなのもいいのかな、とか。いろいろと思っちゃいましたけども。まあまあ、そういうこともあります。

ともあれ今回もですね、オープニングから、S・クレイグ・ザラー作、そして歌はオージェイズによる、新曲です! 70年代の曲じゃありません! 「Street Corner Felines」という曲。こんな曲が流れます。

(曲が流れる)

「Street Corner Felines~♪」っていう。この「Felines」っていうのは、「ネコ科」っていう意味なんだけど、「街角のネコ科たち」っていう ……つまり、このド渋なオリジナルのソウルミュージックなんですけども、この「ネコ科たち」っていうのは、本編をご覧になった皆さんはお分かりの通り、劇中のあちこちに非常に象徴的に出てくる、ライオンですね。つまり、「猛獣」の言い換えだと思ってください。

要するに「街の猛獣たち」というのを、「Street Corner Felines」と歌っている、と思ってください。で、これね、ライオンというのはどういうところに出てくるかっていうと、トリー・キトルズさん演じる黒人青年、ムショから出たての黒人青年ヘンリー。これ、要するに、根っからの悪人ではないんだけども……たとえば冒頭、幼なじみでもあるという売春婦とのやり取りから浮かび上がる、要は思うように生きられなかった、まさしく道を踏み外してしまった、他の生き方もあったはずなのにムショに入るような生き方になってしまった、でももう、取り返しはつかない(彼の人生)。

その売春婦との関係が、すでにそうなわけです。「えっ、お前も俺のこと、小学校の時に好きだったの? それ、知っときたかった……」なんて言っているんだけども。ということが、あそこからさりげなく浮かび上がるわけですね。非常に脚本の妙があるんですけど。ザラー脚本。で、とにかくその彼、ヘンリーがですね、車椅子の弟と、テレビゲームをやるわけです。なんかライオンを狩るテレビゲームをやっているんです。

そのテレビゲームのタイトルがズバリ、『Shotgun Safari』というゲームだっていうんですけども。この映画、ラストで流れるのもこれ、オージェイズが歌うアップテンポソウル、「Shotgun Safari」です。

(曲が流れる)

「Shotgun Safari~♪」。はい(笑)。これ、だから彼、S・クレイグ・ザラーが、歌詞も即興で作ってっていうと、なんかちょっと笑っちゃうんだけど(笑)。そんな感じで、とにかく非常に象徴的に出てくるそのテレビゲーム、その中のライオンとハンターの関係。これが非常にシンボリックに出てきたりとか。あるいはですね、メル・ギブソン演じる時代遅れな老刑事、ブレット・リッジマン……ちなみにS・クレイグ・ザラー作品の主人公たちは、本当に差別的な意識とかを結構持ってたりするような人が描かれるわけですね。

■過去作品と比べても、今作は視点がかなり複合的で複雑。停滞する時間に描かれるディテールを味わう
なんならあれですね、途中の、女の人相手に非常にちょっと嫌な感じの差別的な追い込み方するところとか、あれはね、要は『リーサル・ウェポン』のリッグスが……あいつの人種差別ギャグとかが問題になったじゃない? あいつがまんま、反省をしないで歳を取ったらこうなる、みたいな、そういうことだと思うんだけど。でもまあ、根っからの悪人というわけではないけども、やっぱり時代の変化について行けず……それこそ、時代の変化に何とか適応したらしい元・相棒、現・上司のドン・ジョンソンに、「あのさ、『時代が変わったから』とか言ってるけど、お前さ、俺と組んでた頃よりひどくなってんだけど?」って言われたりするようなやつ、というね。

主人公だけど、要はーーこれはS・クレイグ・ザラー作品の特徴ーー主人公だけど、ズルズルと感情移入させるのもきっぱり拒むような感じ。そのクールな距離感をもって描かれる、まさにザラー的なキャラクター。メル・ギブソンがですね、もう当然のように……メル・ギブソン自身がそういう人でもあるから、非常にハマっているわけですけども。その主人公のリッジマンと娘が見る、ライオンのドキュメンタリーであるとか。

あるいは中盤。僕、初見時はですね、「嘘だろ……」って思わず声を出してしまった。先ほどのメールにもありました。とある、本当に無残な大惨劇が起こる、あの銀行のロビー。よく見ると、皆さん、もし気づかなかった方は、もう1回見る際にはよく見てください。あの銀行、ロゴがやはり、ライオンです。とかですね、とにかく全編に、シンボリックに散りばめられたライオン、つまり猛獣というイメージ……要はですね、たしかにこの世は、弱肉強食の非情な世界だと。まあライオン……誰がライオン、猛獣なのか?って言えるかもしれないけども。でも生き残るのは、本当に猛獣のほうなんですか?っていう問いでもあるわけですね。

ライオン、獰猛な猛獣なのか、はたまた非力ではあっても……なハンターなのか?というあたり。こうしたパワーバランスの、先の読めない変動。つまりですね、停職があって、仕方ないから悪党から横取りしてやろうというその刑事たちと、その悪党たち3人……これが本当、マジで怖いんですけど。それと、その悪党たち3人に雇われた、その黒人男性2人、という、この三者。三方向が、それぞれの思惑に基づく行動と選択をする。

で、それによって、全員にとって思わぬ結果を招いていく、という。まあこれがメインの話なんですけど。ただ今回の『ブルータル・ジャスティス』、ザラーの過去2作品と比べても、視点がかなり複合的、複雑ですし、ストーリーが直線的に進むわけではない分、一見その停滞している時間の中に描き出される、会話とかディテールの妙、というのが、よりやっぱり味わいと重みを増している作品とも言える。だから、ここが味わえないとやっぱりしょうがない作品でもある。

だから、ザラーがカットを拒んだのは、僕は当然だな、という風に思います。たとえば、メル・ギブソン演じるフレッドとヴィンス・ヴォーン演じるトニーのコンビの、延々続く張り込み中に交わされるオフビート漫才の、薄らおかしさ。本当に差別的で反動的なオヤジたちなんだけども……という。さっきね、(金曜パートナー)山本匠晃さんともお話をした、チキンもりもり、お塩をかけて……それをずっとメル・ギブソンが見ている。そこからのこのやり取り。本当にあそこのおかしさっていうのは、何度見ても楽しいですし。

あとは、そうですね、やはり銀行前でその様子を見てる時に、ヴィンス・ヴォーン側が、「なんかタバコのCMみたいだな」って言うと、絶妙なタイミングでメル・ギブソンが、タバコを口にくわえる。この「タイミングだけで笑わせる」、『家族ゲーム』の松田優作のハンカチ出しタイミングギャグすら彷彿とさせる、あの笑わせ感であるとか。ちなみに、ヴィンス・ヴォーンの方はですね、ちょっとイケてる、意識も高いし収入も高い、という彼女と付き合っているという。ちょっとだけ格上っていうのかな、無理めの彼女と付き合ってるんだけど、その影響か、カーステからは、ジャズが流れているんですね。で、彼女の家にも、ジャズっぽいいろんなものが飾ってあったりする、というね。

ちなみに、このジャズの曲もザラーが作っている、という。恐るべき男ですけどね。その彼女との関係、というサブストーリー。これ、クライマックスの、おセンチとは真逆の処理の仕方、これも本当に素晴らしかったですし。あとは、あの黒人青年2人。要するに、銀行強盗のドライバー役を引き受けたものの、実行犯チームのガチの極悪非道ぶりに、まあドン引きして。「このままじゃ俺たちも殺される」という中で、もう極限状態の中で、幼い頃の思い出話をしてなんとか気を紛らす、という、この人間くささ……でも、それが何の救いにもなっていない感じ。これこそがザラー作品の味わいだったりもする。

■あまりにひどく無情すぎて、ダークなユーモアささえ漂い出す
そして、本作を何よりも印象的にしているのは、やっぱりこの悪党チームの、本当に非人道性……本当に、他人の尊厳など1ミリも興味のない、ただただ金をぶんどるためだけに行動する、というその非人間性。つまり、映画によく出てくる「平気で人を殺せる人」の、真の意味での怪物性、っていうのが描かれてるわけですね。特にあの、マスクをかぶった2人。ものすごく無造作に銃を撃つ。あの、サプレッサーのくぐもった音も相まって、非常に怖いわけですけども。最初から最後までマスクをかぶったままで、人間性のかけらも感じさせないあの2人。人質に対する扱いとかも本当にひどいわけですね。

あの、目隠しのところ、(ナイフで)チョンってやって、タラーッと垂れてくるっていう……なんて嫌な描写をするんだ! と思いますけど。そのくせ、エンドロールで……この作品、エンドロールで、ものすごく細かいキャラまで丁寧に紹介するカーテンコールがあって、これがまたちょっとユーモラスなんですけど。この2人、「ブラックグローブ」と「グレイグローブ」って……キャラ分けしてたんかーい!っていう感じもまたね、ちょっとユーモラスだったりもする。

かように、あまりにひどく無情すぎて、ダークなユーモアささえ漂い出す、っていう、これもザラー作品の特徴でございます。そんな突き抜けたひどさの極地にあるのが、さっきから何度も言っている、中盤の展開です。『デンジャラス・プリズン』でもヴィンス・ヴォーンの奥さん役、非常に見事に演じていたジェニファー・カーペンターさん。要は、赤ちゃんを産んでから、職場復帰しようとしている女性。ものすごく人間的な体温を感じさせる、短い時間ながら非常に印象に残る、見事な演技をしている、だけに……ですね。その彼女が、人生の新たな一歩を踏みだそうとしたその瞬間。銀行のロビー全体が……ずっと白っぽく、明るく演出されてたんですけど、背後に、文字通り影がブワーッと入ってくる、というこの展開。

通常のジャンル映画であれば、まさにその「弱者」という機能のために、駒のように置かれて済まされるキャラクターを、しっかり生身の人間として描いたからこその、このショック描写。もちろん悪党たちの無情さを描くという意味でもすごいし、あとはその主人公たちが、もうここから先、「ああ、これはハッピーエンドはないんだ」っていう風になっていくという、そういう効果もあったりする。クライマックス……この、空き地の離れた地点に止められた2台の車、というシンプルな構図だけで緊張感を演出する、本当にスリリングな描写。

「距離感」というね、非常に映画的な演出だけで盛り上げる、ザラー監督の腕。本当にさすがだと思います。アメリカの犯罪小説とかがお好きな方なら絶対気に入る世界だと思いますし、時代遅れな男たち……まあ、トランプに投票してるような登場人物たちですよ。なんだけど、それにちゃんと適切な、クールな距離を取って、しかも人間的にきっちり描く、という。これはやっぱり、2018年現在の視点で70年代アクション、古臭い男たちの物語を、完全リニューアル、新しいものにした、S・クレイグ・ザラー。非常に、今後も重要な作家ということになってくるんじゃないかと思います。万人には勧めません!(笑) わかってくれなくても結構です。僕は大好きです! ぜひ劇場でウォッチしてください。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『2分の1の魔法』です)


以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

 

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新しい音楽との出会いをお届けするライブイベントFM802『GLICO LIVE “NEXT”』。今年も開催決定!
FM802が”関西から新たな才能を応援”をイベントコンセプトにニューカマーをサポートし、“関西のライブハウスから”、発信してきました。今年もMusic Club JANUSにて開催が決定しました。

2024年第1回となる今回は、moon drop/the paddles/パーカーズの3組が出演することがFM802『RADIO∞INFINITY』の番組内で発表となりました。
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5月6日12:00~5月12日23:59にはオフィシャル抽選先行もあります。皆さまのご応募お待ちしています。

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『GLICO LIVE “NEXT”』
■2024年6月18日(火) OPEN=18:15/START=19:00
■会場:心斎橋・Music Club JANUS
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■MC:ハタノユウスケ(FM802)
■料金:2,200 円(税込)※ドリンク代別
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