宇多丸、『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』を語る!【映画評書き起こし】

ライムスター宇多丸がお送りする、カルチャーキュレーション番組、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」。月~金曜18時より3時間の生放送。

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

5月22日に評論した映画は、『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』(2019年10月25日公開)です。

宇多丸:
さあ、ここからは週刊映画時評ムービーウォッチメン改め、最新映画ソフトを評論する新作DVD&Blu-rayウォッチメン。今夜扱うのは、 4月29日にDVDやBlu-rayが発売されたばかりのこの作品です。『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』。

(曲が流れる)

第二次世界大戦時、ナチスの捕虜となったソ連兵が、たった4人の味方と1台の戦車で無謀な脱出作戦に挑む、ロシア製戦争アクション。主人公のソ連の士官ニコライ・イヴシュキンを演じるのは、『魔界探偵ゴーゴリ』シリーズなどに出演するロシアの人気俳優アレクサンドル・ペトロフ。イヴシュキンを追うナチス・ドイツの大佐イェーガーを演じるのは、『ジェイソン・ボーン』などに出演しているヴィンツェンツ・キーファーさん。監督・脚本を務めたのはアレクセイ・シドロフさん。製作として、『太陽に灼かれて』などの名匠、ニキータ・ミハルコフが参加している、ということでございます。

ということで、この『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』を見たよというリスナーの皆さま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「普通」。去年ね、公開時のタイミングで非常に多くの方からリスナー推薦メールもすでにいただいておりまして。公開時に見たという方もいっぱいいらっしゃるかと思いますが。ということで、来ているメールの量は普通なんですが、賛否の比率は7割が「褒め」。

主な褒める意見は、「エンタメに振り切った作りで分かりやすく、面白い。これはこれで大いに有り」「戦車戦の緊張感で手に汗握った。砲撃や被弾した時の音もすごい!」「主人公やその仲間たちもよいが、ライバルのイェーガー大佐が最高!」などなどがございました。一方、批判的意見としては、「バトルは面白いがドラマパートがベタすぎていまいち」「敵も味方も間抜けすぎでは?」「戦車といえばタイガー(ティガー)戦車だろう!」っていうね。でも、パンターが出るのがまたミソだったりするんじゃないですかね……などの声がありました。

■「B級大味大作なイメージを良い意味で裏切らない。テンションぶち上がり!¥」(byリスナー)
ということで、代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「ぺぺラッツ」さん。「こんにちは。20代の女です。『T-34』、今年のお正月に映画はじめとして劇場で見た作品です。帰省し、暇を持て余していた際、地元の劇場で前情報ゼロなのにポスターだけでこの作品を選んだ自分を褒めてやりたい。映画館で見て本当に良かった」。この感じがいいね。前情報を入れずに、あんまり期待せずに行ったら……ぐらいが一番いいかもしれないですね。

「……壁をブチ破る戦車の圧倒的な重量感。噴き上がる炎。爆音。あの巨体の内部で繰り広げられる繊細な計算と策略とチームワーク。ゆっくりとしか動かない砲台の緊張感。ケレン味たっぷりのド迫力戦車バトルがあまりもかっこよすぎて、私の脳のキャパシティーを超え、ぶっちゃけストーリーをあんまり覚えていません。

主人公のソ連兵たちも男前でしたが、悪役であるはずのドイツ軍将校イェーガー大佐がとんでもなく魅力的でした。計算高く冷酷。最後の最後までカッコいい。頬の傷も相まって、なんとなくジョーカーを演じるヒース・レジャーに面影を重ねたりしました。ポスタービジュアルから受け取るB級大味大作なイメージを良い意味で裏切らず、最高にテンションぶち上がりな1本でした。ダイナミック完全版も気になる!」という方です。

一方、いまいちだったという方。ラジオネーム「ひとみってぃカンク」さん。「『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』、見ました。この作品を一言で言うと『そんなアホな!』映画。薄い物語です。見世物としては面白かったのですが、あまりにも演出が素人っぽくてダサいのと、恋愛やら友情やらを短期間のはずなのにたくさん詰め込みすぎて、深みもないし散漫になってしまって何を言いたいかよく分からず、『ただ監督のやりたいことをいろいろとやってみました映画』的な映画に仕上がっていると思いました。ツッコミながら鑑賞する分にはよろしいでしょう」とかね。いろいろと突っ込みどころがあるよという。「ということで、よほど戦車が大好きという方以外は見なくてよいかと思います」というようなご意見もございました。

■スクープ。ロシアでテレビ放送された3時間版、日本でもや公開決定!
ということで『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』、私も劇場公開タイミングでね、本当に見逃しちゃっていて。Blu-rayを予約して、このガチャが当たる前にもう見ているんですけれども。インターナショナル版、いわゆるその最初の公開版113分版と、ダイナミック完全版、139分版の違いを比べたりしながら見たりしました。行ってみましょう。ロシア本国で記録的大ヒットとさっきも言いましたけど、日本でも、昨年10月に劇場公開されて、本当に熱狂的な支持が広がって……というね。で、26分長いそのダイナミック完全版もすぐ公開になったりということで。このコーナーにも熱烈な推薦メールが、何週にも渡って大量に届いていたりとか、とにかくめちゃくちゃ熱いファン層がすでにがっつりいる感じの作品になっている、『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』です。

で、僕も遅まきながらようやく見てですね……なるほどこれは本当に、先ほどメールにあった通り、そのジャンル映画的なある種の型、枠組みの中で、「ああでも、たまにやっぱりこれ級のに当たるから、映画を見るのはやめらんねえよな!」っていうか、ちょっと嬉しくなっちゃうタイプの面白さにあふれた、娯楽映画の本当に快作だな、という風に思いました。

ということで、僕なりに本作の面白さ、その魅力の本質みたいな部分を、かみ砕いてお話していきたいと思うんですけど。ちなみに本国ロシアではですね、対ドイツ戦勝記念日にあたる今年の5月9日に、3時間のエクステンデッドバージョンがテレビ放映されたそうで。

さすがに今回僕はそれ、見られていなくてですね。5月にテレビでやったばかりなんで、申し訳ないなと思っていたところですね……な・な・なんとこれ、配給会社の方からのちょっとエクスクルーシブな情報としてですね、コロナウイルス感染拡大状況の推移にもよるとは思いますが、3時間版の日本劇場公開が、すでに予定されている!ということで。これ、実はこの配給会社さんに許可いただいた、スクープ情報となっております!
この場で初出し情報です。3時間版、日本でもやるそうです!

ということでまあ、どれだけ人気なんだ『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』!っていうことですけども。

■近年のロシア映画界はちょっとした戦車映画ブーム
まず、近年のロシア映画、ちょっと軽い戦車映画ブームみたいのがあって。2012年の、言ってみれば戦車版『激突!』というか『ジョーズ』というか『白鯨』というか……な、『ホワイトタイガー ナチス極秘戦車・宿命の砲火』という作品あたりから、戦車物が徐々に流行ってきていて。たとえば、三宅隆太さんが昨年のベストに入れてらっしゃった、2018年の『タンク・ソルジャー 重戦車KV-1』という、このT-34よりもさらに重戦車なKV-1をメインにした作品。これも配信で見たらすごく面白かったし。

あと、今回のそのタイトルにもなってるT-34……言ってみればソ連、ロシアの国民的戦車ですね。日本で言うゼロ戦的なものというかね。それが開発直後に試験走行したっていう史実を膨らませた、一応本当にあった話をベースにしている『T-34 ナチスが恐れた最強戦車』というね……これは『映画秘宝』の座談会で青井邦夫さんが「『超高速! 参勤交代』みたいだ」って言っていて(笑)、これがすごい納得して笑っちゃったんですけども、これもすごい面白かったですし。という感じで、とにかく戦車物が盛り上がってて、なかなかどれも充実している、という近年のロシア映画なんですけども。その中で特にこの『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』は、やっぱり突出して「エンターテイメントとしての精度が高い」一作ということが言えるかと思います。

脚本・監督のアレクセイ・シドロフさん。いろんな作品の脚本・監督で、要するにロシアの娯楽映画を担ってきたような作り手の方なんですけど。この方の脚本・監督作品、他には僕、唯一ですね、後に『3』までシリーズ化される、英語タイトルで『Shadowboxing』シリーズっていうね、2005年の一作目、日本語タイトルは『アルティメットウェポン』という、ものすごいどうでもいいタイトルがついている(笑)、これしかちょっと見られていなくて。

これ、ちなみに『アンカット・ダイヤモンド』にも出ていたジョン・エイモスとかが箔づけでちょっと出演しているようなやつで。なんかボクシング物かと思いきや、行きあたりばったり的にどんどんとちょい地味クライムアクションになだれ込んでいくみたいな、ものすごいギクシャクした変な映画だなって思ったんですけども。でもアレクセイ・シドロフさん、2005年の作品ですから、ずっとそれでね、映画作りに関わってきて、非常に腕を上げてこられたのかもしれませんね。

まあ本作、この『T-34』の着想というのは、パンフレットに載ってる発言とか、あるいはですね、『月刊PANZER』というね、もう戦車専門誌!こちらのインタビューなどによればですね、独ソ戦争中に、ドイツ軍がソ連の戦車兵を使って本当に実戦演習をしていた、本当に戦車兵を乗っけて実戦演習をしていたという、その証拠が発見されたんですね。で、その事実を元に、まず戯曲が書かれてて、それの映画化作品も作られた。本作『レジェンド・オブ・ウォー』の元ネタ的によく名前が出される、1965年のソ連映画『鬼戦車T-34』っていう……これは昨年度のベスト企画の時にも高橋洋二さんがこの『T-34』の話をしてる時に、『鬼戦車T-34』の話もしてましたよね。

原題は『Жаворонок(ヒバリ)』という、この『鬼戦車T-34』という作品自体は、わりとアート映画的な作りでもあったりするんですけど。その『鬼戦車T-34』の、ハッピーエンド版というか、エンターテイメント版というか……みたいなものをこのアレクセイ・シドロフさんは作りたかった、というような、大雑把に言えばそういう意図ですね。なので、実際にこの『鬼戦車T-34』と見比べてみると、たしかに基本設定は、元にした史実が同じだから当然似ているし、T-34でですね、街中に侵入して、ビールをゲットする、というあのくだりとかははっきりこれ、『鬼戦車T-34』のオマージュと言っていい部分なんだけども、全体のトーンや展開は、まるで似ていない。

■戦争映画の重さを極力廃し、ミリオタ的なディテールやゲーム性、サスペンスに特化
むしろ本作『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』はですね、その『鬼戦車』その他のロシア製の戦争映画、他には必ずわりとあるような、悲壮感であるとか悲劇性であるとか、あるいは戦争というものの悲惨さ、残酷さ、虚しさといった、要は重たい要素っていうのを、ばっさりと取っ払って。はっきりと意図的に取っ払って、入れないようにしているということ。さっき言ったように、エンターテイメントとしての精度をひたすら高める、娯楽映画、ジャンル映画としての楽しさに徹している、っていうところにその特色がある作品になっているというのは、明らかかと思います。

たとえばですね、現代映画ならではの「リアル」面の追求というようなものもですね、たとえば、本物のT-34の車体を使って撮影してますよっていうね……これはちなみに『映画秘宝』の監督インタビューによれば、ロシアには走行可能なT-34の実物が今でもゴロゴロある(笑)、っていうことらしいですね。ものすごいいっぱい台数作られた戦車なので、たくさんあるということで。まあT-34の本当の車体を使って、たとえば車内のシーンまで本物を使ってると。なので、セットじゃないんです。だからスタッフが入れないので、俳優の皆さんが、自分でメイクしたりカチンコを鳴らしたりしてた、っていうね、そういう撮り方をしてるぐらいらしいんですね。

あるいは、たとえば非常に戦車映画の描写として「ああ、これはなかなかフレッシュ!」っていう、要するに見たことないっていう、かつリアルな描写として、被弾の衝撃で車内がゴーン!ってなって、乗員が気絶したり、意識が朦朧としたりする、っていう描写とかがある。そういういわばミリタリーオタク、ミリオタ的なディテールの「リアル」追求はすごいしてるわけです。なんだけども、当然もう一方で実際にはあるはずの、死体であるとか負傷であるとかっていう、ゴア的なリアルっていうのは、あえてほとんど全く見せない、というバランスで作っているっていうことですね。

で、むしろ強調されているのは、戦車同士の駆け引き、言わばその戦車戦ならではのチェス的なゲーム性……つまり戦車っていうのは、一度にやれることが限られてる分、映画的な時間の引き延ばし、サスペンス性の、ロジカルな構築に向いているわけですよ。一気に勝負がついてしまわないところ。まあ、潜水艦物もそうですけどね。こうやって相手の位置をたしかめて、さあ、どう出る?ってところに、駆け引きの面白みがある。引き延ばされた時間の中に、面白みが作れる。つまり映画的な面白みが作れる、っていうことなんですけど。

そんな風に、戦争が持つ生々しい無残さ、残酷さみたいなもの、あるいは、たとえばナチスの悪逆非道ぶりとかね、そういうのも含めて、そういう重さみたいな、後味の悪くなりかねない要素みたいなのを、できるだけ作品内には入れず……本当はあるんだけど、作品内では描かず、あくまでミリオタ的なディテールと、駆け引きのゲーム性、ロジカルなサスペンスの組み立て、その楽しさに集中してみせている、という点。その点においてですね、これは当然のことながらアレクセイ・シドロフさんは「日本に来たらインタビューで全員このことを聞くんだけど、私は見ていない」っていう風に言ってるんだけど(笑)、やはりあの、『ガールズ&パンツァー』シリーズですね。

■異なるゲーム性やアイデアが盛り込まれた戦車戦の数々
僕も2015年12月5日にですね、劇場版をこのコーナーで評しましたけど。たしかに『ガールズ&パンツァー』シリーズと、楽しさの質がかなり近いものがある、という風に思いました。とにかく対戦車戦がいくつか見せ場として用意されてるわけですけど、それが各々異なる空間配置から来る、異なる戦術ロジック、要は異なるゲーム性、アイデアが豊富に仕込まれていて、という。あるいは、たとえば忘れちゃいけない、ちょっと遊びの部分ですけど、『白鳥の湖』に乗せた「戦車バレエ」とかすごい楽しいシークエンスが設けられてたり。しかもそこに、たとえばそのT-34の、当時はすごく先進的だった傾斜装甲というね、斜めを向いてる装甲に砲弾がバーンとかすって……っていう。そういうのを、『マトリックス』的なVFXで、分かりやすくケレン味たっぷりに見せていく。

あるいは、その(描写をVFXで)引き延ばすことによって、「何がどうなったのか」の説明をするような描写になっていたりする、というあたりとか。あるいは、ドイツ側は、当時最新の、赤外線暗視装置を備えている!とか。そういうミリタリー的にグッとくるガジェット描写みたいなものも、ふんだんに盛り込まれてたりして。しかもですね、これももちろんというべきか、アレクセイ・シドロフさん、脚本の組み立てとか、個々の位置関係、これがこう動くとこうなる的な空間アクションの、観客への飲み込ませ方が非常に上手いので。僕を含めて、特にそこまで戦車、兵器などに詳しくなくても、物語上必要な理屈はちゃんと理解できる、誰でもすんなりと楽しめるようにちゃんと作ってあるっていう。ここはまあすごい偉いなと思いますね。

たとえば冒頭、アレクサンドル・ペトロフさん演じる主人公のニコライが、食料運搬車に乗っていて、坂道を登っている。その坂道の向う側に敵戦車が出てくる。その攻撃をかわしていくというシーン。まず彼がここで使う、その弾を除けるロジックとテクニックが、クライマックスの一騎打ちでも、やっぱり再び生かされるわけですよね。そういう構成とかも実に王道的ですね。主人公が最初に見せたテクニックが、クライマックスでもまた生かされる。非常に王道的ですし。

あるいは、戦車戦のその初戦。彼にとっての初陣でもありますけどね。主人公が乗るT-34の、初期型T-34/76というね、これは後半で活躍する、要するに改良型のT-34/85との違いも、これは獄中にいてその新型を知らなかった登場人物たちの驚きのセリフを通じて、さりげなく一般の観客たちにも、ちゃんと説明してるわけです。「T-34に見えるけど、デカいし……なんだ、これは?」「いや、これは新型で砲塔が85になっているんだ」みたいな説明があるということで。これもまあ非常にすんなりと飲み込ませてくれる。

まあとにかくその、最初の初陣の段階、T-34のその初期型と、ドイツの3号戦車との戦いは、村ごとそのセットを作ったというね、あの村の中で、陽光の下、明るい中での戦い。その中で、たとえば本当は村にいたりするはずの、巻き添えになるはずの一般人の姿とかは一切なかった。まあ演習をする用ということもあるんでしょうけども、一般人が巻き込まれたりする、悲惨な描写がない、排除されている、というのも今回の特徴ですよね。

で、この場面は、言っちゃえば西部劇的でもあったりとか。あるいは、建物を挟んで、並行して走りながら撃ち合うっていうのは、ジョン・ウー的と言っていいと思うんですけど。そういうケレン味もあったりなんかして。一方ですね、同じ戦車戦でも、たとえば後半、そのT-34の改良型である、 T-34/85 vsパンター戦車ですね。パンター戦車、ドイツ軍が最後に投入した、性能そのものはすごくいいんだけど……というパンター戦車との戦い。その、対戦車としての、戦力差はすごいある、という戦いなわけですけど。

入り組んだ街路地を利用した、しかも夜間戦ということで。見え方としてかなりやっぱり変化がありますし。ここは本当に、まさにチェス的な駆け引き……要するに、「敵があそこにいるからこう動くと、ここががら空きになるからこうなって……」という、そのロジックの積み重ねが最高に堪能できる。本当にチェス的ですね。楽しいシーン、シークエンスですし。基本、限られた狭い空間でお互いに居場所が分からない状態、というセッティングだからこそ可能になった……本来ね、その戦車戦っていうのは、ある程度、もちろん距離を取って戦うものですよね。戦車っていうのは。

なんだけど、戦車同士がお互いに居場所がわかんないまま狭いところで戦ってるから、一瞬にしてそれが実はゼロ距離!っていうことに気づくっていう……それで「うわっ!」っていうような、超スリリングな状況が一気に現出するという、これは非常によく考えたセッティングだな、という風に思ったりとかね。いちいちこれ、うれしくなっちゃいます。「うわっ、またこんなサービスしてくれた! ありがとう! ありがとうね!」って僕なんか思っちゃう、っていうね。

■本作の大きな魅力は“片想いキャラ”ライバル役イェーガー大佐!
まあ、事程左様にですね、先週の『EXIT イグジット』もそうでしたけど、伝統的な、既に手垢がつきまくってると言えるジャンル映画の枠組みを使って、豊富なアイデアと現代的な密度、スピード感で、改めて新鮮にパッケージングしてみせるという、まさに娯楽映画っていうのはこうあるべきだよね!っていう、ひとつの理想がここにあると言ってもいいぐらいかなと思います。加えてですね、本作『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』、大きな魅力となっているのは、わかりやすく色分けされた、古典的とも言えるキャラクター造型、ゆえの単純明快さ……わけてもですね、これやっぱりメールで書いてる方が多かったです、敵役の、ヴィンツェンツ・キーファーさん演じるナチス・ドイツ軍イェーガー大佐の、これです。「徹底した片想いキャラ」っぷり!ですね。

この彼の片想いぶりっていうのが、実は物語の一番根幹をなしてる。ここが面白いですね。主人公のニコライは、わりと最初から最後まで動じないタイプの、完全無欠型ヒーローなわけです。基本、負けない、折れない、ブレないキャラクターで、どちらかと言うと彼を慕う周囲の人物によって、感情的な肉付けっていうのをされていくという作りなわけですよ。たとえば、その初陣からの古女房的な、ヒゲのね、ステパンさん。ちょっとフレディ・マーキュリー似のステパンさんとか、最初は反抗的だったけど……みたいな、あのヴォルチョクっていうキャラクターとか、周りのキャラクターによって肉付けをするタイプの作りなんだけど。

その「主人公を慕う周囲の人物」の極みが、実はまさにこの宿敵、イェーガー大佐なわけです。彼が一番、ニコライに恋焦がれてるわけですよ。こういう、主人公とライバルが、ほとんど恋愛関係に見えるような、特別な執着をお互いに抱き続けてる、っていうパターンというのは結構あって。たとえば、それこそ『あしたのジョー』のね、力石とジョーでもいいですし。『ヒート』のデ・ニーロとパチーノでもいいですし。いろんな名カップリングがあるんですけど。特に敵側の片想い色が強いところで言うと、たとえば『椿三十郎』の室戸半兵衛……特にですね、2007年の森田芳光版の、豊川悦司さん演じる室戸半兵衛の片想いっぷりはハンパねえ!とかですね。あとは『コマンドー』のベネットとか。

とにかく、そういう片想い色が強い敵役っていうのもちょいちょいいるんだけども。それにしても本作の、イェーガー大佐の一方的な片想い感は、過去の諸作と比べても、群を抜いていると思います。特に注目すべきはですね、演習の打ち合わせを兼ねて、自分の部屋にニコライを招くシーンですね。そこでですね、イェーガーはウキウキと、まるでデートの計画を練るようにですね、大はしゃぎしている。なんだけど、主人公ニコライはハナから彼は眼中になく、ヒロインのアーニャに熱い視線を送るばかり……という。

で、あまつさえ、せっかく好意を持ってね、「君の健康に乾杯!」とかって乾杯してるのに、ニコライの返事ときたら……しかも、イェーガー自身は嫌われてることにすら気づいていない、というこの切なさ。で、この場面に関してはですね、そのダイナミック完全版の方が、さらに重要なディテールを足していて。このニコライという名前と、自分のクラウスという名前の縁を、本当にうれしそ~に語るわけです。「ニコライっていうのかお前! じゃあつまり、(元になっているのは自分の“クラウス”と同じ)“ニコラウス”なんだから、俺と同じ名前ってことじゃね?」なんつって。その描写があればこそ、クライマックスの一騎打ち直前にですね、ニコライから呼びかける、「ニコラウス!」って呼び替える、そこにようやく意味が出るわけですね。

なのでここ、インターナショナル版とダイナミック版で、字幕が付け替え、修正されてますけど、インターナショナル版単体では意味不明な描写が残っちゃっている状態なのには変わりはないわけです。他では、初戦でのあの、アコーディオンとかもそうですね。ダイナミック版を見ないと意味がわかんない描写がある。ということで、ダイナミック版は他にも、あのアーニャの地図盗み出しにもう一サスペンスが入っていたりとか。あの演習中の逆襲シーンで、司令塔に砲弾を打ち込むという、『マトリックス』的な、ややコミカルなVFXショットがあったりとか。

あるいは、ガソリンスタンドのナチスおじさんとかね。あとはステパンの歌とか、もちろんエンドロールの後日譚映像とか、印象に残るパーツが多数含まれますし。何よりやはり、前述のこの「完全版」な要素……特にイェーガー大佐の名前のエピソード。これ絶対僕、なきゃダメだと思うので。わりと僕ははっきり、ダイナミック版を見てください、という風に、こっちをおすすめしたいです。

■ジャンル映画に新鮮味をプラスした、娯楽映画の快作!
ということでですね、とにかくそのイェーガー大佐のね、片想い。これが本当に味わい深いっていうことですね。要するに、ドイツ軍が、ものすごい隙がありすぎなわけですよね。「お前、ここを見張っておけよ!」っていうところを見張っていなかったりするんだけど……惚れた弱みなんだよ、それは!

とかね。あと、作劇バランスとして、このイェーガーの「悪さ」っていうのは実はあんまり描かれていない、っていうあたりのバランスというのもやっぱり、そのイェーガーの悲恋ぶりというのを非常に際立てますし。僕ね、今作に関して、あえて言えば、主人公がヒロインといきなり恋仲になるのは、正直、あんまり好きな流れじゃないんです。僕があのメンバーだったら、士気、下がるわ! と思うんだけど。これも、対イェーガー的に考えると、イェーガーのかませ犬感が増してより切ない、という意味では、プラスのディテールと言えるかもしれない(笑)。

ということで、非常に豊富なアイデアと、的確な語り口。現代ならではのディテールアップと、VFXのケレン。さらには、シンプル、明快でありながら、しっかり印象を残すキャラクターたち。特に敵役、キュートとも言ってもいいような、この敵役の魅力、片想い物としての切なさ。などなど含めて、ジャンル映画に、ちゃんと新鮮な味を加えてみせた。僕はこれ、娯楽映画としては本当に、申し分ない快作だという風に思います。ぜひぜひ……このダイナミック完全版の方を見てから元のやつに戻ると、ちょっとこれ足りないな、と思ったくらいなので、ダイナミック完全版の方、そして3時間版の公開も楽しみにしつつ、ぜひぜひいろんな形で、ウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『AI崩壊』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

 

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