宇多丸、『2分の1の魔法』を語る!【映画評書き起こし】

ライムスター宇多丸がお送りする、カルチャーキュレーション番組、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」。月~金曜18時より3時間の生放送。

『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今週評論した映画は、『2分の1の魔法』(2020年8月21日公開)です。


宇多丸:
さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今週、扱うのは8月21日に公開されたこの作品、 『2分の1の魔法』。

(曲が流れる)

『トイ・ストーリー』シリーズをはじめ、数々のヒット作を生み出したピクサーアニメーションスタジオ最新作。舞台は、かつて魔法が存在した世界。「亡くなった父親にもう1度会いたい」と願う兄弟が、魔法によって半分だけ復活した父親を完全に蘇らせるため、冒険に出る。弟・イアンの声をトム・ホランドが、兄・バーリーの声をクリス・プラットが担当。MCUつながりと言いましょうかね。

監督は、『モンスターズ・ユニバーシティ』を手掛けたダン・スキャンロン。今、後ろに流れてる『全力少年』、スキマスイッチのこれは、日本版のエンディングの途中で流れる曲、ということです。ちなみに全体の劇伴というかね、音楽担当は、マイケル・ダナさんとジェフ・ダナさん、このダナ兄弟。この2人も兄弟でやってたりとかね。兄弟構造であったりしますね。

ということで、この『2分の1の魔法』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「普通」。賛否の比率は、賛否両論。褒めるメールが6割で、けなすメールが1割。残り3割が「いいところもあるけど、悪いところもある」という中間意見でした。

主な褒める意見は、「シンプルながらも見事なストーリー。最後の伏線回収の畳みかけなど相変わらずプロットが見事」「序盤はやや退屈だったが、クライマックスで泣かされた」とか「自分の家族や兄弟のことを思い出して涙」などがございました。一方、批判的な意見としては「ディテールや世界観がピクサー作品にしては雑」「キャラクターデザインにも魅力がない」「かつては魔法で栄えていた世界という世界設定に無理がある。必然性を感じない」などがございました。


■「探してるアイテムがマクガフィンというだけでなく、父親自体がマクガフィン。兄弟をめぐる物語」byリスナー
では、代表なところをご紹介しましょう。「ユーフォニア・ノビリッシマ」さん。「『2分の1の魔法』字幕版でウォッチしてきました。感想は『賛』です。上演延期が続いた結果、劇場で予告編を目にする機会が多かったせいで、主人公が父親と出会えるのかということに主眼を置いた作品だと勝手に思っていたのですが、実際に見てみると、探してるアイテムがマクガフィンというだけでなく、父親自体がマクガフィンで、兄弟をめぐる物語だということには、『なるほど』と納得すると同時に驚きました。

そして、わりとベタな兄弟ものながら、話し運びのテンポもそれなりによく、さらには謎解き要素にクライマックスのバトル展開と、見せ場も次々と用意されていたので楽しめました。あと、魔法使いの素質がある弟への兄の嫉妬が描かれるのかと思っていましたが、テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム(TRPG)を重要なアイテムにすることで、『兄は魔法使い以外の役割に自分を投影している』と解釈できたので、そのあたりに基本設定のうまさを感じました」ということです。

あと、こんな方もいましたね。ラジオネーム「太かし」さん。「アニメーター・井上俊之と同じスタジオで働いている、リスナー兼アニメーターです。『2分の1の魔法』、自分はもちろん周りのアニメーターたち、なぜか特におじ様世代からも大絶賛です。とにかく物語が抜群に面白かった今作ですが、アニメーターとして特には楽しみにしていたのは、『足だけ』というキャラクター……」。これ、お父さんが下半身、半分しか出てこない。

「『足だけ』というキャラクターにどう芝居付けするのかです。基本的にアニメーションは上半身の体重がかかる方向が動きのきっかけとなることが多いのですが……」ああ、言われてみれば、動き出す時に(通常のアニメーションでは先に)上半身が動くんだ。「そのかかる体重がないものを一体どう処理するのか?

単純に上半身が隠れているだけと想定して、通常の人間のように扱うという逃げもあったはずです。しかし、あえて茨の道を行くのがピクサー。そして見事やってくれました。

体重の代わりをリード(引っ張る紐)で担わせるアイデア。ふわふわ、ゆらゆらと思わず笑ってしまうような頼りなさ。『僕のパパ、コレジャナイ』感。どことない哀愁が、動きだけで見事に演出されていました。『そうそう、上半身ない人ってこんな風に動くよね』と、どこか既視感を持って納得させられてしまう説得力。ピクサーのアニメーターは、アニメーターとして見事だと思いました」という、アニメーター目線のご意見をいただきました。

一方、よくなかったという方もご紹介しましょう。「はち」さん。「何というか、あまり記憶に残らない、いまいち残念な映画でした。まず世界観についてです。ピクサーの売りはその世界観にあると思っています。今回の作品では『魔法が失われたファンタジーの世界』という描き方によってはいくらでも面白くなりそうなものだったのですが、その世界観を全く生かしきれず、とてももったいなかったです。またキャラクターに魅力が全くありませんでした。推しキャラがいないピクサー映画は見ていてキツいです。

なぜあの兄弟の、しかも弟だけが魔法を使えるのか? なぜお父さんが魔法の杖と石を持っていたのか? そこの理由も全くありませんでしたね。結局、兄貴は最後までウザいポンコツですし、最後の石のありかを湖の上に見つけたのもただの偶然で、何の成長も因果もありません」……これはちょっとね、お兄さんは一応、謎解きの結果あそこにたどり着いて、だからものすごく必然の結果、あそこにたどり着いているので。それはちょっとどうかな、とも思うんだけど。

ただこの方、あと日本語吹替版を見られたということで。「私は吹替版を見たのですが、作品内の文字を全て日本語に替えるというあの(ディズニーでよくある)アレンジはやめた方がいいと思いませんか?」というね。あと、いろいろと否定的な意見を言っていただきました。たしかにあの、すごく活字っぽくね、書き文字であるべきところが活字っぽく見えちゃったりするところは、もうちょっと何とかならないのかな?っていうのは、僕も感じたあたりですね。

■見た目は地味だが……「いやいやいや! ピクサーナメんなよ!」
というあたりで『2分の1の魔法』、私もTOHOシネマズ日比谷でまず英語版、オリジナル言語版。あと、TOHOシネマズ日本橋で吹替版を見て。あと、もう実は輸入ブルーレイが出てるので、輸入ブルーレイで音声解説と、あと3D。これ、3Dがすごいよかった!

見せ場の、あの崖のシーンの、あの高所恐怖症描写とか。あと、クライマックスの対ドラゴン戦もすごく3Dがよかったですし。あと、後ほど言いますが、やっぱり決着の場面の「視点の置き方」っていうのがすごい際立っていて。すごく3Dがいい作品でしたね。はい。というあたりでございます。

ということで、原題は『Onward』。「前進」とか「向上」というような意味ですけど。ピクサー22作目の長編にして、ピクサーにとっては大きな節目というか、なかなかの逆風の中で制作・公開された一作ともなってしまいました。まずはやはりですね、まあとにかくピクサーの顔、ピクサーの魂と言ってもいいかもしれない、チーフクリエイティブディレクターを務めてきたジョン・ラセターが、2017年に発覚したセクハラ疑惑により退社して。今回は初めて、本当に完全にジョン・ラセターの名前がクレジットから消えたピクサー作品、ということになっております。

加えて、言うまでもなくコロナウイルスの感染拡大ですね、アメリカ本国では3月6日に公開されたんですが、公開3週目にして映画館が封鎖されてしまった。で、もうしょうがないということで、 3月20日には北米・カナダでは配信がスタートして、5月には前倒しでソフトも発売されたということで。間違いなく、コロナのあおりを一番食った大作のひとつ、それが今回の『2分の1の魔法』と言えると思います。プラスですね、これはジョン・ラセター不在とか、コロナとかとは関係なく、ぶっちゃけ、まあちょい地味目な印象が強い作品なのはたしかですよね。

見るからにさえない……それも人間だか何だかわかんない(笑)青白い顔した青年2人が、メインキャラクターで。実際のところ、中身もまあ、とても「小さな」話ではあるわけです。しかしですね……見もせずに若干ナメた目線でいる皆さんに言いたいのは、「いやいやいや! ピクサーナメんなよ!」っていうことですよね。これまでもですね、いいですか?

最も出来の悪いピクサー作品でさえ、通常の娯楽作品を横並びで見た場合で言えば、その基準で言えば、全然上の方なので。一番悪いピクサーだって、普通の映画では上の方なんですよ。

だったわけなんですが、ただ、加えてこのところやっぱり、ディズニー、ピクサー両方がですね……そもそも人気あるシリーズの続編とか、そもそも名作である作品の誰得な実写版リメイクとかばっかりだった、このところのディズニー。あとはピクサーでさえ、ここのところは本当に、シリーズの作品が続いていましたよね。というあたりだったんですが……もちろん、それらはそれぞれに、ちゃんと作られる意義や新鮮な見どころみたいなのがちゃんとあるあたりは、さすがディズニーでありピクサー、っていうことなんだけど。

やっぱりピクサー本来のすごいところっていうのはですね、そもそも最初の『トイ・ストーリー』からして本当はそうなんだけど、それまでの常識からすると、「よくこんなの作ろうと思ったね」っていうぐらいオリジナルな、独創的な発想というのを、さらに……その独創的な発想を、一級のエンターテイメントに仕上げてしまう、という。そこがやっぱりピクサーならではの志であり、力である、というところだったと思うんですが。その意味で今回の『2分の1の魔法』の、「パッと見キャッチーじゃない」感じっていうのは僕、すごくピクサーっぽいな、って思うんですよね。

「よくこれでやっちゃうな」みたいな。少なくとも安パイではないですよね。まあ中身で勝負だ、という姿勢。これはピクサーイズムを感じますし。そもそもこの企画、監督のダン・スキャンロンさん ……この方は2013年『モンスターズ・ユニバーシティ』でピクサー長編監督デビューをされた方。僕はこの『モンスターズ・ユニバーシティ』、2013年7月27日に評して。

僕は何ならこれ、前作の『モンスターズ・インク』よりも個人的には好きだし、「なりたいもの」と「なれるもの」というピクサーの裏メインテーマを非常に掘り下げた、僕はなにげに埋もれている傑作だ、という風に今でも思ってますけど。とにかくそのダン・スキャンロンさんの、ごくごく私的なモチーフなんですね、今回のは。要はご自分とお兄さん、そして幼少時、ダンさんが1歳の時に亡くなられたお父さん、という、本当に完全に自分のファミリーストーリーから発想した話。そこからこれだけの大作を作る、っていうのも僕は、ピクサーイズムを感じるんですけど。

実際のお兄さんは劇中のバーリーとは違って、落ち着いたインテリタイプだそうですけども。ただ、何かにつけて弟のダンさんを力づけてきた、エンパワーメントしてきた、という人でもある。たとえば、終盤のあの回想シーンで出てくる、あの枕遊び。そこでお兄さん側が、わざと弟にやられてみせる、っていうあれがありますよね? 同じようなことをやったという思い出がある方、いっぱいいらっしゃると思いますけど。

ダン監督のお兄さんも、実際にああいうことをやってくれたりして、要するにそのなんていうか、「弟を立てて」遊んでくれるというか。それによって自分もすごく自信を持てたし、いろんなことができる気持ちになった、みたいなことをおっしゃっていて。で、ですね、当初はキャラクターたちは普通に人間で、科学者だったお父さんの残した機械を使ってお父さんを蘇らせようとする話だったのを、「いや、それはちょっとおかしいし、あんまり感じがいい話じゃねえな」と思って、魔法とファンタジーの世界に変えたと。

ただ、魔法とファンタジーの世界なんだけど……主人公家族はエルフだし、あるいはトロールがいたりとか、ケンタウルスやペガサスがいたりとか。あるいはその劇中のファーストフードは、「バーガーシャイア」っていうね……で、「バーガーシャイア、『2度目の朝食』提供中」って出てたりするわけです。要するに、『ロード・オブ・ザ・リング』のホビットたちもここにいますよ、っていうような世界観だったりするわけですけども。

要は、本来であれば異世界的なキャラクターたちが、現実の我々とも本質的には変わらない、彼らにとっての日常的世界を生きている、というこの、逆転的な設定というのかな。これ、すごくやっぱり、『モンスターズ・インク』然り、『カーズ』然り、まあ非常に、まさにピクサーの十八番的な逆転設定、っていう感じですよね。すごく異常なものが日常である、というような。

で、冒頭で言わば、本作における、実際のところ本来はかなり特殊な世界の「ルール説明」を、ものすごく手際よく、ポンポンとスマートに、チャチャッと済ませてしまう、というのも、安定のピクサークオリティ、ということだと思います。まあこれ、ルール説明をクドクドと……まさに説明がましいばかりで全く要領を得ない、みたいな作品はすごく多いのに対して、これは普通に我々見ちゃってますけど、やっぱり相当のピクサークオリティなわけです。

■テーマは、「みんなは「こうだ」って思ってた人が、実はこういう人だった」
で、基本となる話そのものは、これ以上ないほどシンプルな、本当に「行きて帰りし物語」というかね、本当にあえての、古典的な冒険譚になってるわけです。ある呪い的なものを解くために旅立った主人公が、旅先でのいろんな冒険を通じて成長し、帰ってきて、ついにはラスボスを倒して呪いを解く、というね。まあまあ、ものすごくよくある話というか、原型的な話なわけですけど。ただ、今作のその「あえての古典性」には、やっぱり理由があって。ひとつ仕掛けがあって。

これ、周囲からはただの厄介者と思われている、お兄さんのバーリーというこのキャラクターが熱中しているテーブルトークRPG。先ほどのメールにもありましたけどテーブルトークRPG……これ、はっきりテーブルトークRPGの元祖、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』をモチーフにしています。そこからすごく取られています。あとは、カードを出すんですけど、あれは『マジック:ザ・ギャザリング』ですね。というのが出てきたりします。

とにかく、その『ダンジョンズ&ドラゴンズ』とか『マジック:ザ・ギャザリング』の世界は、劇中のその世界の真実を元にしてるんだ、っていうことを兄が主張してるわけですけど。(基本のストーリーは)その兄が言ってることが証明されていくプロセス……だからこそ、古典的な冒険譚なわけですね。で、それはとりもなおさず、単なる厄介者と思われていたお兄さんの、人物的な再評価に繋がっていく。つまり、みんなは「こうだ」って思ってた人が、実はこういう人だった、こういういいとこがあった、っていう。

要は世界の見方の変容、そこから来る多様さの受容を促す、という、非常に今日的な、他のいろんな作品ともシンクロするような、本作の真のメインテーマ……実は本作のメインテーマっていうのは、そういうやっぱり、「こうだと思っていた人が、実はそうじゃなかった。こういういい面があった。みんな気づいてないだけだった」っていう。それこそ『ブックスマート』でも何でもいいですけど、いろいろ浮かぶ最近のいい作品とも重なるテーマ、真のメインテーマが浮かび上がる、そういう構造にもなっているし。

同時にですね、堅実な弟と奔放のお兄さんとの軋轢~和解という、バディ物、相棒物としての楽しさ、カタルシスっていうのもある。これ、本当によくできてるのは、弟だけが魔法を使えるという設定に見えるけども、魔法が上手く機能するとか、上手く使えたりするのは、かならずお兄さんのサポートがある瞬間に限られていたり。

逆に、何か上手くいかない時っていうのは、たとえば序盤でお兄さんが何か失敗したように見えるところも、よく見ると、弟がちゃんとお兄さんの言うことを受け止めていればそれは起きていなかったりするバランスになってたりして。非常にこの、弟とお兄さんのその能力であったりとか、やってることの倫理的バランス感みたいなのも、非常に考え抜かれている。

あるいは『インディ・ジョーンズ』シリーズ的な、隠されたお宝をめぐる謎解き攻略のワクワク、なども、全体にムダなく、無理なく盛り込まれていたりする。その上で、今作で本当に本当に本当に素晴らしいのは、その物語的決着、オチの部分なわけですね。監督を含め製作陣も、実はこの着地ありきで、製作のかなり早い段階でこの結末を思いついたというか、この結末で行こうと決めて。「この結末に向けて全てを作った」という風に、各種インタビューでも言っているぐらいで。

■「ピクサーだったらやってくれるっしょ!」という底なしの期待にきっちり応えてくれる
だから間違いなく本作最大のキモは、物語的なある決着なんですけども。どの程度この評の中で触れるかは……また後で考えます! ともあれ、非常にシンプルな行きて帰りし物語の中に、とにかく大量のギャグ、パロディが入ってくる。ピクサーおなじみのネタ、「A113」とか。そういうのもいろいろと散りばめられていたりなんかして。

あるいは、本当に一工夫も二工夫もあるような見せ場が用意されていて、退屈している暇がない! だけではなく、恐ろしいのは、観客である僕自身、「ピクサーだったらそれぐらいはやってくれかねない。いや、やってくれるっしょ!」っていうような感じで、ちょっとハードル高めな予想を……つまり、ちょっとしたギャグとか、ちょっとしたセリフ、ちょっとしたディテールが、それ自体としてもしっかり面白いのは当然として、「これはピクサーだったら絶対に後で活かしてくれるんだろうな……やっぱりな!」っていう。見事なまでにひとつ残らず、全部、伏線として回収、機能させていく、という。

たとえば、かなり序盤でのお母さんのセリフや動き、流れている音楽といったところまで……というね。本当に、ここまで何ひとつムダにしないかな、っていう。それ自体が、なんかちょっとしたギャグ、一瞬のくすぐりかなと思ったら、ちゃんと後で生かされてくる。で、こっちもそれに慣れすぎちゃって、「これ、ピクサーだったらやるっしょ?……ほーら、やったよ!」みたいな感じで(笑)。だから、あまりにもきっちりとすべてを拾ってくれるので、逆に予定調和的にも見えてくる、っていう。もう観客のわがままさ、まさに底なし沼だな!って、オレ、自分でも思いましたけど。

で、僕がすごく笑っちゃったというか、感心したのは、主人公たちが魔法の地図を探しに行く、マンティコアという……これも『ダンジョンズ&ドラゴンズ』とかいろんなそういうファンタジーに出てくる、もしくは神話に出てくるものですけど、マンティコアのレストラン、かつての荒々しい神話的世界を、徹底的にファミリー向けビジネスとして、漂白、脱臭、無害化してみせた、というあの店の描写。これ自体が明らかに、ディズニー的なるもの、全てを「ディズニー化」してしまうその手法への、ほとんど痛烈ですらある批評ですよね。あの場面はね。

ということで、あのマンティコアのかわいらしいディズニー的着ぐるみが、顔がドローッと溶けて崩れていくところとか、本当に笑っちゃったんだけど。これ、ダン・スキャンロンさん、2009年に撮った実写モキュメンタリーで、『Tracy』っていうのがあって……そういえばこれも実は、すでに亡くなったお父さんをめぐる話、でもあったりするんですけど、これからして、非常にシニカルな、ダークなユーモアの感覚の持ち主で。これ、『モンスターズ・ユニバーシティ』にもそのテイストはしっかり入ってましたけど。

このマンティコアの店での、その毒気。要するに、仮にもディズニーブランドの中で、ディズニー批判をしているというか、ディズニー批評をしてみせる。これはかなり攻めてるな、という風に思いましたし。

あと、さまざまな演出、意匠の丁寧さ、繊細さもね、ピクサー作品ですから、これはもう言うに及ばずなんですけどね。たとえば途中、効率よく高速道路を行くべきか、それともお兄さんの直感というか、ゲーム上での経験に従って、距離的には遠回りな「おそろしの道」を行くべきか、という分かれ道に来るところ。

結局高速で行くことになったその時に、ハンドルを切ったお兄さんバーリーがですね、「巨大ゼラチンキューブに飲み込まれても知らないぞ」的なことを言った瞬間にですね、バッと、緑の信号の光が、彼らの顔に印象深く映じるわけですね。これ、あのゼラチンキューブというのは、本当に『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に出てくる有名なモンスターで。「ゼラチナス・キューブ」だったかな? 劇中の後半、それが実際に登場する。それで実在したことがわかって、お兄さんは若干嬉しそうですらある。で、そこから『インディ・ジョーンズ』的なトラップ回避アクションが始まるわけですけど。さっき言った緑色の信号の光は、まさにこのキューブの登場の伏線だった、ということが、事後的に、よく見ている観客の頭には想起される作りになっている、とか。「うわっ、よくできてるな!」っていう。

■アイデアの量とそのブラッシュアップ度合いが半端じゃない
もちろん中盤ね、あのトラストブリッジ(信頼の橋)が架かるシークエンス。本当にね、今作の大きな見せ場のひとつです。ここを境に、まさにあの溝を境に、ファンタジー世界、完全に向こう側に行くらという作りになってるわけですけど。あの巨大な「底のない穴」のね、高所恐怖症的な描写。これも本当に存分に味わえますし。これはピクサースタッフ、VRで高所感覚を体感してからこれを作り上げた、ということなんかも言ってましたけど。

あとあの場面は、やっぱり『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』オマージュっぽくもありますよね。だけどそこにさらに、ロープを使って、さらにもう1サスペンス、アイデアが加えられてるところも、本当に素晴らしい。かならず何か1アイデアは加えてくる。あと、ゴール地点に行くまでの、ひねりの効いた謎解きの数々、そしてラスボス……ドラゴンはドラゴンだけど、決してベタではすませない。言っちゃえば『ゴーストバスターズ』的な、ハズしのセンス。僕、ドラゴンが振り返ってその顔を見せた瞬間、「そこまでやってくれる? おみごと!」みたいに思いましたけどね。はい。

とにかくアイデアの量と、そのブラッシュアップ度合いが半端じゃない。これはもうピクサークオリティです。でもって、さっき言った、本作を本当に本当に素晴らしいものにしている最大のポイント、キモである、物語の決着の仕方……決定的なネタバレはしないように気をつけますけど、ちょっと構造の話をしますんで、申し訳ございません、何も聞きたくない人は、これ、今すぐ『2分の1の魔法』を劇場でウォッチしてください!

■「誰かの幸せを願うことの方が、自分の幸せの成就よりも大事なんだ」。それを伝えるエンターテイメント作品って、あんまりない
まずその、「最初に思い描いていた理想のゴールとは違うけども……」っていうのはこれ、ダン・スキャンロンさんの前作『モンスターズ・ユニバーシティ』然り、ピクサー十八番の、ピクサーの一番のメインテーマなんですね。よく出てくる話の流れなわけです。非常に現代的な話の語り方でもあるあたりなわけだけども。本作も、たしかにその系譜でありつつ、特徴的なのは、その視点の置き方で……世の中にはですね、「引きのカメラだからこそ、感動的なシークエンス」というのを持つ作品というのがありまして。たとえば『ロッキー』で、老トレーナーのミッキーがとぼとぼ帰ってくるのを追っかけて、ロッキーが話をする場面。あそこは、引きのカメラだからこそ感動的。

あるいは、これは映像特典でダン・スキャンロンさん自身が「実はあの作品のあの場面と同じ構造だ」という風に仰っていた、『ロスト・イン・トランスレーション』のラスト。ビル・マーレイとスカーレット・ヨハンソンが別れ際に交わす会話。これも、会話の中身そのものは、観客には引きのカメラで見えない、聞こえない、だからこそ味わい深い。ダン・スキャンロンさんは、あれと同じだ、って言ってるわけですけど。

とにかくこの『2分の1の魔法』も、クライマックスの決着のくだり、そうした「名引きショット」シークエンス、これに新たな名シーンが加わった、と思います。もうこの引きのショット……しかもですね、本作の場合、その引きのショットは、そのままそれが主人公の視点と重なった引きのショットなわけです。自分ではない誰かの姿を、離れたところからただ見守ること。それはいつも言ってるように、映画というものを見る観客の姿、つまり、映画を見るということそのものと重なる。

サスペンスなどではよくこの構造が活用されますけど、この作品では、クライマックスのその感動の場面で、「ただ見ているしかない」という構造が……我々(観客)と重なる構造で、主人公が、主人公ではない誰かの幸せの成就を心から嬉しく思う。それをこそ、自分の喜びとする。そこを物語の真のゴールとして見せる。そして観客も、「ああ、これが一番大事なんだ。誰かの幸せを願うことの方が、自分の幸せの成就よりも大事なんだ」と、観客も心底思える。ここにスポットを当てて、万人向けエンターテイメントのゴールに設定する、って作品。僕の知る限り、あんまりないです。

これは本当に本当に素晴らしいメッセージですし、ここに着地してみせたというのはすごい……しかもそれが、もう「映画的」としか言いようがない見せ方になっている、という感じです。まあ、もちろんね、いくら何でも人様に迷惑かけすぎだろう、この話、っていう(笑)。これはありますよ。ただまあ、あのまま工事が進んでいたら、たぶん呪いダダ漏れなままで、呪いも解けないままでいたはずなので……結果的にお兄さんが正しかった、ということで一応チャンチャン、という。

むしろこれね、現実の人間社会を舞台にこの話をやっちゃっていると、主人公たちの設定次第では、たとえば警官に追われるくだりとかも、今となってはBlack Lives Matter的な危うさを感じさせかねないし……なのでやっぱり、この世界観である機能性、というのは当然ありますし。

■どっこいピクサー恐るべし。マジックアワーの美しさも絶品
あとは一方で、女性警官の性的指向……そのセリフによってですね、実は元のセリフだと、レズビアンであることが明示されてるんですが。それが(同性愛に不寛容な)各国で問題になって上映禁止になっていた。ロシアでは「パートナー」という言い換えをしていた。じゃあ、日本語吹替版はどうなっているか?っていうと……これも「パートナー」、というね。つまり日本は、「比較的同性愛に不寛容な国」という風にカテゴライズされている、っていうことですね……というあたりもあったりします。

まあとにかく、ちょっと地味で小さな話ではありますが、細部まで作り込まれたピクサークオリティは健在ですし、なによりもさっき言った決着シーンの美しさ、絶品です。マジックアワー、紫色に染まった空。あの世とこの世の境の色。さて、「お父さんの靴下の色」は何色だったでしょうか?……よくできてるなー!

「自分を実は助けてくれていた誰か」というのに思いを巡らせる、という意味でも非常に、もう兄弟の話というのも超えて、普遍的な話だと思います。いやー、ピクサーどっこい恐るべし! ぜひぜひ劇場でウォッチしてください。

(CM明けて)

あ、ちなみに先ほど言った夕闇のマジックアワーのその色が……っていうのは、ブルーレイの映像特典で監督たちが語っていることでもあります。本当にあのマジックアワーシーンの美しさは、史上屈指だと思いますね。あそこだけでも5億点! 出ていますね。


(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ミッドウェイ』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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鈴木おさむ“小説SMAP”メディアでの取り上げられ方に言及「テレビの本ですが、やはりテレビでは紹介しにくいわけです」

科学者の茂木健一郎がパーソナリティをつとめ、日本や世界を舞台に活躍しているゲストの“挑戦”に迫るTOKYO FMのラジオ番組「Dream HEART」(毎週土曜 22:00~22:30)。 4月13日(土)、4月20日(土)の放送ゲストは、ベストセラー作家への道を歩んでいる、元放送作家の鈴木おさむさんです。20日(土)の放送では、著書である“小説SMAP”こと『もう明日が待っている』(文藝春秋)の内容や、出版前の裏話などについて伺いました。


鈴木おさむさん



1972年生まれ、千葉県出身の鈴木さん。19歳で放送作家としてデビューし、それから32年間、さまざまなコンテンツを生み出してきました。
2024年3月末をもって放送作家・脚本家を引退。現在は、「スタートアップファクトリー」を立ち上げ、スタートアップ企業の若者たちの応援を始め、コンサル、講演などもおこなっています。
3月27日(水)に刊行した著書『もう明日が待っている』は、発売2日で累計発行部数15万部を突破。同著の著者印税は、すべて能登半島地震の義援金として寄付されます。

またTOKYO FMでは現在、THE RAMPAGE from EXILE TRIBEのリーダー・陣さんとともに音楽チャートラジオ番組「JUMP UP MELODIES」(毎週金曜13:00~14:55)のパーソナリティもつとめています。



鈴木:(『もう明日が待っている』には)「黒林さん」というプロデューサーも出てきます。(本名は)黒木(彰一)さんと言って、54歳でお亡くなりになられた方です。ずっと一緒に番組を作っていて、この(小説の)なかでもマイケル・ジャクソンを(SMAP×SMAPに)引っ張ってきた、すごくファニーなキャラクターの人です。

茂木:あれもすごいことでしたね。

鈴木:そうです。マイケル・ジャクソンを呼んでね。「まぁ、小説だからいいか」ということで、呼んだ金額まで書いているんですけど(笑)。その黒木さんがご病気で、「もしかしたら危ないかも」と思って。だから今回、よりスタッフの話を残したんですよ。

ちょうど、この本のゲラ(※誤字・脱字などのチェックをおこなうために仮に印刷した印刷物)が全部出てきたときに、黒木さんのご病気が少し悪くなって、「会いたい」と言われて会ってきたんです。

それが金曜日だったのですが、(出版元の)文藝春秋に頼んで、ゲラをまとめて表紙を付けて仮の本にして渡すことができたんですよね。たぶん読んでくれて、その夜に「おもしろかったです。ありがとうございます」というメールが来ました。シンプルな文でしたが、メールを打つのもしんどかったと思います。なぜなら、金曜日に読んでいただいて、月曜日の夜にお亡くなりになられましたから。それぐらい体力的にも限界のなかで(本を読んで、メールをくださった)。

茂木:でも、間に合ってよかったですね。

鈴木:そうなんです。それでお葬式に行ったら、娘さんが「うちの父は本を読むのが本当に好きな人で、最後の本がこの本になりました」と言ってくれて。だからそこも含めて、僕らスタッフのなかでも本当に最後に「〇(丸)」を付けることができたというのもあります。

でも僕がおもしろいなと思うのは、テレビのためにずっとやってきて、言ってみれば(『もう明日が待っている』は)テレビの本なんですけど、やはりテレビでは紹介しにくいわけですよ。

茂木:いろいろな事情でね。

鈴木:はい。テレビのランキング番組の“(小説売上)ランキング”に入っているのですが、(紹介されるのはタイトル名と僕の名前)「『もう明日が待っている』鈴木おさむ」だけで、SMAPの「ス」の字も言わない。

それは仕方がないんです。だけど、放送作家が最後にテレビの本を書いて、それがテレビで紹介されないというのもおもしろいし、だからこそ絶対にミリオン(100万部)売れてほしいと思います。

番組では他にも、鈴木さんが今後の目標について語る場面もありました。


(左から)鈴木おさむさん、茂木健一郎



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4月20日(土)放送分より(radiko.jpのタイムフリー)
聴取期限 2024年4月28日(日) AM 4:59 まで
※放送エリア外の方は、プレミアム会員の登録でご利用いただけます。

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<番組概要>
番組名:Dream HEART
放送エリア:TOKYO FMをはじめとするJFN全国38局ネット
放送日時:毎週土曜22:00~22:30
パーソナリティ:茂木健一郎

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