どんな人の心にも響く日本映画「夜明けのすべて」
現在シネコン各劇場で上映中の「夜明けのすべて」という日本映画。どんな人にも見てもらえたら「この映画と出会えて本当に良かった」と思ってもらえると確信できて、これからきっと多くの人が人生のなかで何度も思い返すような、とても大切な映画になるはずだと、RKBラジオ「田畑竜介GrooooowUp」でクリエイティブプロデューサーの三好剛平さんは熱く語った。
三宅唱 監督について
さてこの「夜明けのすべて」という映画ですが、瀬尾まいこさんによる同名原作小説の映画化です。
監督を務めたのは三宅唱さん。2010年に長編第1作目を発表した後、続く2012年「Playback」という作品でロカルノ国際映画祭のコンペティション部門に出品。以降数本の作品を重ねた後、2018年には「きみの鳥はうたえる」が高い評価を集め、その年のキネマ旬報ベスト・テンで第3位につける快挙。
2020年にはNetflixでオリジナルドラマ「呪怨:呪いの家」なども撮り、世界から注目される存在としての実績も重ねつつ、そのキャリアを決定づけたのが2022年の「ケイコ 目を澄ませて」(2022年)という作品です。聴覚障害と向き合いながら実際にプロボクサーとしてリングに立った小笠原恵子さんをモデルにした主人公ケイコを女優の岸井ゆきのさんが演じた本作で、ベルリン、釜山など国際映画祭で評価を集めたほか、その年の毎日映画コンクール、キネマ旬報ベスト・テン、日本アカデミー賞など国内映画賞にて作品賞や監督賞、そして女優賞などを独占しました。
そんな監督による今回の新作「夜明けのすべて」は、私たちの日常のなかに生まれるささやかな物語を丁寧に丁寧に紡ぎ上げ、間違いなく監督のキャリア最高傑作を更新した素晴らしい作品となりました。奇しくも今日から始まるベルリン国際映画祭でフォーラム部門に出品されており、ここからその評価も期待されるところです。
「映画化」の理想型
ここからは映画の中身についても触れていきたいと思います。まずはあらすじから。
主人公は上白石萌音さんが演じる藤沢さんと言う女性。彼女は、月経のたびに重たい精神的・身体的な症状をきたす=PMS(月経前症候群)のせいで、月に1度、自分がまったくコントロールできなくなるほどの苛立ちや立ち上がれないような不調、症状を抑えるための薬の副作用で起きてられないほどの眠気などに悩まされています。当初勤めていた会社もそれを理由に退社しなくてはならないほどだった彼女でしたが、その後、そうした症状にも理解を示してくれる環境へ転職します。その会社にいるのが、松村北斗さん演じる山添くんという男性です。転職してきたばかりなのにずっとやる気がなさそうに見える山添くんにイライラを抑えられず、ある日藤沢さんは彼に向かって怒りを爆発させてしまいます。しかし、そんな彼もまた、突如として強い不安や恐怖感に襲われてしまうパニック障害を抱えており、生きがいも気力も失っている人物でした。藤沢さんと山添くんは職場の人たちの理解に支えられながら過ごす中で、ふたりの間には徐々に、恋人でも友達でもない、同志のような特別な感情が芽生えはじめます。そして2人は、自分の症状は改善されなくても互いに相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる——、という物語です。
この映画の素晴らしさは上げ始めたらきりがないほど、脚本も演技もロケーションも美術も撮影も演出も、本当に映画におけるおよそすべての要素がうまくいっていて驚かされます。本当ならそのひとつひとつを紐解いて紹介したいくらいなのですが、時間が足りないので、ここでは3つのポイントに絞って手短になりますが、ご紹介したいと思います。
まずひとつめは、丁寧な演出です。三宅組は今回このきわめてささやかな物語を観客にとって信じられるものにするために、本当に丁寧な準備を重ねており、主要キャストはもちろんワンシーンしか登場しないエキストラ、そして登場する会社の歴史的背景など、ほぼすべての人物や設定のバックストーリーを準備し、現場では台本とは別に数十ページに及ぶテキストブックを準備したといいます。さらに現場でも出演者やスタッフとも対話を重ね、まるで僕らの現実と地続きに本当にそこにそういう人たちが生きているような世界をつくりあげ、そこにいる人物、そこで流れる時間を立ち起こしています。これは、もともと小説であった物語を「映画化」するときに、作り手が「映画にしかできないこととは何なのか」を強く自覚し、理解されていればこその仕事です。今回のように静かで穏やかな映画にあって、そうした丁寧な演出がもたらす、劇中に流れる時間の手触りや、その人物や世界の質感・実存感がどれほど大きな役割を果たしているかは、映画を見てもらえれば誰もが深く納得してもらえるはずです。
2つ目は、PMSとパニック障害という、いずれも確かに存在しているにも関わらず、いまだ十分に社会の中で認識されていない“生きづらさ”を丁寧に描き、観客に見せてくれたことです。僕も男性として、正直女性たちの月経前の苦しさは想像を絶するもので、今回の映画を見ていて、これほどまでにコントロールできない苦しさなんだ…と改めて知ることになりましたし、山添くんが抱えるパニック障害についても同様です。そして、この映画ではそうした自分以外の誰かが抱える“生きづらさ”に対して、どのように向き合うことができるのか、と言うことに対しても、誠実で真摯であたたかい在り方を示してくれます。
そして3つ目は、原作から映画への脚色の見事さです。映画のあちこちに細やかな調整が張り巡らされており本当に圧倒されますが、その最たるものが、原作では「栗田金属」となっていたふたりの勤め先が、映画では、移動式プラネタリウムを実施する街の科学研究キットメーカーの「栗田科学」という会社に変更されている点です。この変更は映画全体のメッセージに大きく作用する、本当に見事な、映画ならではの変更となっていました。深い闇のなかで微かな光を見つめること。何光年も遅れて届く光を捉えること。その光の先に想像力をめぐらせ、思いを馳せること。そこに象徴されるものとは何か。詳しくは触れずにおきますので、どうか皆さんも映画をご覧になって、一緒に想像を広げてみてください。
映画を観終えた後の余韻
最後に。僕はこの映画をレイトショーで見ましたが、映画を見終えた後にも、その静かな感触をいつまでも手放したくなく、そのまましばらく夜の街を散歩せずにはいられませんでした。夜の静けさに身を浸し、やがて来る朝へと想いを馳せる。映画のなかに流れていたあの時間を、いつまでもいつまでも味わっていたくなるような、本当に特別な時間でした。
どんな方にも自信を持ってお勧めできる、素晴らしい映画ですよ。
どうか皆さんもぜひ劇場で、ご覧になってみてください。
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