アメリカでは口コミで人気に!?映画「パスト ライブス/再会」の見どころ

明日、4月5日(金)から各劇場で公開されるアメリカ・韓国合作のラブストーリーの映画「パスト ライブス/再会」。アメリカでの封切り時にはわずか4スクリーンでの公開から作品の評判が口コミで広がり、5週目には900スクリーンを突破。結果1,000万ドルを超える興行収入に達しただけでなく、先日のアカデミー賞では作品賞と脚本賞の2部門でノミネートされたほか、全米映画批評家協会賞では作品賞も受賞した。映画ファンたちが公開を待望してきたこの映画がいよいよ明日から日本公開ということで、これからその見どころをRKBラジオ「田畑竜介GrooooowUp」のコメンテーター、クリエイティブプロデューサーの三好剛平さんが語った。
忘れられない恋、そして人生における“選択”との付き合い方
ここでまずはお二人と、そしてリスナーの皆さんに質問です。
・あなたには、自分のなかで忘れられない恋の思い出はありますか?
・そしてもしその相手が、数十年ぶりにあなたの前に現れてしまったらどうしますか?
この映画のあらすじをご紹介します。
ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソン。ふたりはお互いに恋心を抱いていたが、ノラの海外移住により離れ離れになってしまう。12年後24歳になり、ニューヨークとソウルでそれぞれの人生を歩んでいたふたりは、オンラインで再会を果たし、お互いを想いながらも再びすれ違ってしまう。そして12年後の36歳、ノラは作家のアーサーと結婚していた。ヘソンはそのことを知りながらも、ノラに会うためにニューヨークを訪れる。24年ぶりにやっとめぐり逢えたふたりの再会の7日間。ふたりが選ぶ、運命とは——。
この映画の主人公は12歳のときに家族でカナダに渡り、劇作家になる夢を叶えるために単身NYへ渡ったノラという韓国系移民女性です。彼女が、互いに思いを寄せていながらも、きちんと「さよなら」を言えずに離れてしまったヘソンという男性との再会が物語の中核を成しつつ、同時に彼女にはアメリカでの生活のなかで出会ったアーサーという白人男性との結婚関係が描かれていきます。
これまでのラブストーリーの典型でいえば、ああこの三人は三角関係になって、主人公である彼女がどちらの男性を選ぶのか?という話になるのか、と想像されるかもしれません。しかしこの映画がこれほど多くの人に愛されたのは、単なる恋愛上の選択についての映画とは違い、もう少し深いところにあるものを問う点にあります。
主人公であるノラは、自分自身がこれまで人生の場面ごとに重ねてきた一つひとつの「選択」を否定しません。どころかそうした選択こそが今の自分自身を形成してきたものだから、とその過去の自分自身を肯定していく姿勢があります。
そして彼女を取り巻く二人の男性もまた、そんな彼女を醜く奪い合うようなことはせず、あくまで彼女を、そして本来であれば恋敵であるはずのお互いに対しても、それぞれが重ねてきた彼女との時間とその意味を深く尊重し合う姿勢に一貫します。
傷つけあうのではなく、誰もが“今ここ”の現実を引き受け合い、そのなかで一番良いと信じられる選択をしようとする。そうした姿勢に貫かれることで、この映画は単なるロマンチックな恋愛映画、というだけで終わらせるには惜しい、人生における選択の映画——つまり、私たちはどのようにして、今の自分を形成する「これまでの選択」を引き受け、またここから先の人生を選び取っていくか——というところに触れていく物語となっています。そしてそれはそのまま、大人になるとはどういうことか、ということにもつながっていきます。
監督の実体験をもとにした映画
映画の冒頭には、午前4時を回ったNYの一角にあるバーのカウンターで、主人公女性のノラをはさんで、NYにやってきたヘソンと、彼女の夫であるアーサーが横並びとなって、談笑しているシーンが登場します。ノラとヘソンは韓国語で会話し、夫アーサーにその内容を英語で通訳する。文字通りノラを挟んで三人が対峙する、のちに本作のきわめて重要なシーンとなるひとつのシーンがまず冒頭に少しだけ召喚されるところから映画は始まります。
本作で監督デビューを果たしたセリーヌ・ソンという女性監督ですが、実は彼女自身が12歳のときに家族で韓国から北米に移住した実体験をもっており、この映画は主人公の設定も含め、監督自身の経験に基づく映画です。そしてこの、自身がアメリカで結ばれた男性と、かつて恋し合った韓国人男性にはさまれて二人の間で会話を交わす場面こそが、監督自身が実際に経験し、本作の着想源となった場面だといいます。
互いに尊重の態度をくずさず、相手が重ねてきた時間や人生そのものを愛する姿勢。監督は本作のこうしたスタンスについて、素晴らしい例えで応えているものがあるので引用を交えながらご紹介します。「人間ってドーナツみたいなものなんです。人はすでに自分の中に小さな穴が開いています。私の夫は私と恋に落ちた時、その(まんなかに穴が空いている)ドーナツに恋したんです。私も自分がドーナツであることを悲しいと思っているわけではありません。ドーナツは私が私であることを成り立たせている、私のフォーム(かたち)なんです。そして私のパートナーは——誰かを愛しているパートナーも——、その人のフォームを愛さなきゃならないんです。ところが、ドーナツの欠けていた穴が、12時間かけてあなたのもとに飛んでくることを想像してみてください」、なんていう具合に本作のポイントをご紹介されているんですね。
映画はつねに抑制された演出で統一されており、その抑制こそが二人の心中にある伝えたい思い、言葉にするわけにはいかない切なさを強調します。なかでも映画のまんなか、ついに二人が現実に再会するシーンの眼差しだけですべてを語らせる演出は本作のハイライトです。二人の眼差しの交換。ただそれだけで、数十年という時間が一瞬で埋まっていく魔法みたいな場面となっており、近年のあらゆるラブストーリーのなかでも屈指に素晴らしいシークエンスになっています。加えて、ブルックリンを拠点に活動するインディバンド、グリズリー・ベアのメンバーたちが書き下ろした映画のサウンドトラックも素晴らしく、またNYの観光映画としても楽しめるところもポイントかもしれません。
僕は1回目より2回目に見た時にいよいよこの映画大好きだなぁ…としみじみ感じ入る、とても特別な映画になりました。きっとご覧になる皆さんにも、大切な一本になるであろう素晴らしい映画がまた誕生しましたよ。どうぞ劇場でご覧ください。
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