財津和夫、昔のジャケット写真がジョン・レノンに似ていると言われ恐縮至極に

TULIP・財津和夫が、時には海外レコーディングのエピソードを振り返るRKBラジオ『財津和夫 虹の向こう側』。4月12日の放送では、プレゼントの習慣になじめない事や、ニューヨークでのレコーディング時のとある出来事、そして散歩する時に気を付けている事などを語ります。

プレゼントに慣れてなくて

新学期、入学式シーズンを迎えています。
財津世代の高校入学では、定番のお祝い品があったのか、という質問のお便りを頂きました。
財津「僕らの高校時代って、時代もまだ貧しかったし、さらに家はもっと貧しかったんで、お祝いなんてやり取りがあんまりないんですよ、習慣的に。お金持ちくらいは、やってたんでしょうけど」
財津が高校に入学したのは1962年(昭和37年)。高度経済成長の真っただ中でした。

財津「だから、最近の何かにつけてプレゼント交換とか、いろいろお祝い物を渡すとか、ああいう習慣についていけなくて。ぼんやりして、仲間外れにされることがあります」
下田「仲間外れ? どこで?」
財津「ホント『気が利かないやつだなあ』みたいな。いやいや、大谷翔平くらい気が利くようにならなきゃいけませんね」
下田「そうですね。彼、現代の方ですから」
財津「伝聞ですけど、あの人(大谷)は、スタッフとかいろんな人に、感謝の印として高額の贈り物をして『このロッカーを掃除してくれる人がいないと、僕たちが気持ちよく野球ができないんです、本当にいつもありがとうございます』とね。凄いです」

ジョン・レノンに近づきたい?!

2月22日の放送では、財津のソロ曲『信じないものは救われない』をお聞き頂きました。
この曲の収録アルバム『愛はちっとも難しくない』はニューヨークでレコーディングしているのですが、財津のレアなニューヨーク話を聞きたい、とのお便りが届きました。
財津「そう言われて、久しぶりにニューヨーク行ったなって事を思い出しました。レコーディングするためにっていうよりも、ニューヨークに一度は行ってみたいっていうんで、じゃあレコーディングに引っ掛けて、って事で行ったんです。まあ満足しました、一度行けば」

財津「ニューヨークに着いた途端、日本のガイドから、『気をつけてください。ニューヨークには横断歩道渡ってる時とか、どこでも歩いてる時にポリ袋をバーンとぶつかった拍子にわざと落として、高価なワインだったのに割れちゃったって言って金をせびる輩がいます、それに気をつけてくださいね』って言われていて、気をつけていたんですよ」
財津「そしてある時、横断歩道を渡ったら、前から来て、その人ポリ袋下げてるんですよ。『まさかこいつじゃないよな』とか思ったら、ヨロヨロッと僕にバーンとぶつかって、ガシャーンと落としたんです」
下田「ええ!」
財津「『あ、これか!』と思って。やっぱり聞いといてよかったです。聞いてなかったら、日本人は人がいいから『大丈夫ですか?』になるじゃないですか。でも、怖い街だなと思いましたよ」
下田「今は治安も随分と改善されてると聞きますけど」

アルバム「愛はちっとも難しくない」CDジャケットの表と裏
シングルCDのジャケット

下田「ジャケット写真があるんですけど、かっこいいわ、財津さん」
財津「いやいや」
下田「サングラスしちゃって」
財津「なんでこんな写真をジャケットにしたのかな。恥ずかしいな」
下田「そう? すごい、だってジョン・レノンっぽいじゃないですか」
財津「ちょっとやめてくださいよ。ジョン・レノンが雲の上の人だったら、私はドブの板の下。板の下で這いつくばってる」
下田「本当ですか。そしてこう、街中歩いてる感じですよ、これ。有名ですよね、こういうふうにアパートメントがあって、この階段が手すり付きの…」
財津「ああ、これニューヨークっぽいですもんね。半地下みたいなね、部屋があって」
下田「ちょっと降りていくっていう感じですよね」

財津「初めて体験した事があったんですけど、僕、日本人ですから、信号はちゃんと守るじゃないですか。たった5メートルもないくらいの横断歩道でも、青になるまで日本人って待つでしょ」
下田「待ちます」
財津「ニューヨーカーは、あの30メートルぐらいある横断歩道でも、赤でも渡っていくんですよ。右左を確認して。『あ、これが個人主義というものか』と思って。それからは日本に帰ってからは僕もニューヨーカーの如く赤でも渡るようにしました…というのは、言っちゃいけませんね、こんなこと。一度したことがありますけども、もうそれからはしないようにしてます」
下田「そうですね。撥ねられちゃいますからね」

財津「そうですよね。いや、やっぱりその個人主義と、まあちょっと大げさな言い方でしたけど、そのエネルギーっていうんですか。個人が自由に生きるんだ、自分が責任取るんだ、だからぶつかったらしょうがないよ、みたいな。そのエネルギーを感じて、『あ、日本人にはないものだな』と思ってね。最近はそういう律儀な感じの日本人の良さが、世界中で尊ばれたりしてますけども。でも、やっぱり西洋人のそういうね、当時、僕は『日本人じゃこの歌で世界に出ていくなんて、こぢんまりしたこの文化じゃダメだよな』とかって思ったりした事があります、はい」

今日の一曲は、そのニューヨークで収録されたアルバムのタイトル曲『愛はちっとも難しくない』。1995年にリリースされています。

風を友に歩く

財津が散歩する時の必需品を尋ねるお便りを頂きました。
財津「必需品はできるだけ身を軽くするために持たないようにして、スマホみたいなやつ1個持って。スマホだと写真撮れるじゃないですか。散歩してる時に犬とか何かがいたらちょっとパシャッと撮るのが楽しいですよ」
下田「私たくさん疑問があるんですよ…お財布持ってないの? 散歩する時」
財津「財布はですね…恥ずかしいんですけどよく注意されるんです。前も言ったかもしれないんですけど、ポケットにそのまま現金をいれてるんです、カウボーイみたいに」
下田「カウボーイ。かっこいいわ」
財津「で、ターンって扉を開けて、で、カツカツカツって酒場のカウンターに向かって行って、ポケットから1ドル、カーン(とにカウンター出して)、『ウイスキー』って言おうかなと思って持ってる」
下田「1ドル…日本で1ドルは使えないと思うんですけど」
財津「(わざとトボけて)あ、使えないんだ。世界の硬貨かと思ってました」

下田「音楽聴いたりしないんですか? 財津さん」
財津「あぁ、最近は聴かないですね。若い頃は聴きながら歩いてましたけど。これは僕の勝手な解釈なんですけど、聴きながら歩いてると頭に集中するじゃないですか。ひょっとして散歩っていうのは、体全身を感じながら、『あ、今足に地面が着いてる……』じゃなかった、逆か、『足が地面に着いた』とか、なんか風を感じる、あ、遠くを見てこんな思いが湧き上がってきたぞとか、なんかそういう血を巡らせながら歩く事の方が散歩として効果があるのかな」

財津「マッサージもよくそう言うじゃないですか。眠ってるときにマッサージしても効果がない。反応を感じて、細胞が生き生きしていかなきゃいけない。なので僕の説は、散歩のときはただ風を友達にして歩きましょう」
下田「風は友達って、歌のタイトルになりそうですね」

次回4月19日の放送は、通常通り18時15分(午後6時15分)からの予定です。
ペットについてお話します。

財津和夫 虹の向こう側
放送局:RKBラジオ
放送日時:毎週日曜 18時15分~18時30分
出演者:財津和夫、下田文代
番組ホームページ

出演番組をラジコで聴く

※放送情報は変更となる場合があります。

中村あゆみ「早く売れるのはおすすめしない」の真意は!? デビューわずか8ヵ月で大ヒット『翼の折れたエンジェル』から40年、当時を回顧

フリーアナウンサーの唐橋ユミがパーソナリティをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「NOEVIR Color of Life」(毎週土曜9:00~9:30)。“生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと”をテーマにした、トークと音楽が満載のプログラムです。各界を代表して活躍する女性ゲストが、自らの言葉でメッセージを伝えます。

4月のマンスリーゲストは、シンガーソングライターの中村あゆみさん。この日の放送は、名曲「翼の折れたエンジェル」の誕生秘話などについて語ってくれました。


中村あゆみさん



1966年に大阪府で生まれ、福岡県で育った中村さん。1984年にシングル「Midnight Kids」でデビュー。翌1985年には、3枚目のシングル「翼の折れたエンジェル」がCMソングに起用され、大ヒットを記録。ハスキーボイスと力強いロックサウンドで全国的な人気を得ました。その後も「ONE HEART」「BROTHER」「風になれ」などを発表し、シングル35枚、ベスト盤4枚を含む計30枚のアルバムをリリース。出産を機に一時活動を休止しましたが、2004年に活動再開。以降はライブを中心に精力的に活動を続け、2021年からは女性アーティストによるフェスティバル「ママホリ」を主催しています。

◆歌唱での心掛けは「変わらないこと」

中村:18歳の1984年9月5日に「Midnight Kids」でデビューしたのですが、セカンドが出ても全然売れなくて。母親に「貯金がなくなっちゃうから、帰りたい」と言ったら「大勢の人の前であゆみが歌っているのをママは見ているから、絶対に大丈夫。もうちょっと我慢しなさい」と言われたんです。

唐橋:そうやって言い切ってくれるのは心強いですね。

中村:そうなんです。そして、次のサードシングルの「翼の折れたエンジェル」がヒットしました。


唐橋:デビューからどれぐらいのタイミングですか?

中村:8ヵ月です。早い形で売れるのはあまりおすすめじゃありません(笑)。この世界を目指している方にお伝えしたいのは、ゆっくり頑張って、いろんなものを獲得していって、コツコツやっていったほうがいいと思います。

唐橋:これだけ夢のあるお話は、刺激的ですよね。

中村:そもそも、デビュー自体も何でもよかったんです。私のことを馬鹿にした人たち、いつも認めてくれなかった親たち、私のことをいじめた友達。そういう人たちを一斉に見返せるものは何かと考えたら、これ(歌)が一番近かったんです。怖いもの知らずでしたね。

唐橋:昭和、平成、令和と世代を超えて聞き継がれていて、YouTubeでの再生回数は1,900万回を超えております。年齢とともに、歌っている気持ちは変化しているのでしょうか?

中村:逆に、変化させないようにキープしています。歌うときは、必要以上に感情を込めないほうが、鮮度を保てると思っています。年齢を重ねると、つい歌を「歌い上げたく」なりがちですが、できるだけ自然な感覚のまま歌いたいんです。そのためにも、鮮度をきちんと保つことを日々意識しています。聴いていた頃の記憶がよみがえったり、「よく頑張ってきたよね」と今の自分が思えたりする。そんな景色を感じられるように歌っていますね。



中村あゆみさんがオーガナイザーをつとめる音楽フェスティバル「ママホリ」が、愛と情熱あふれる女性アーティストが集結する大人女子フェスへと進化! 今回は「Super Lady Festival 2026」として5月10日(日)にNHKホールで開催されます。出演アーティストに大黒摩季さん、一青窈さん、小柳ゆきさん、相川七瀬さん、hitomiさん、土屋アンナさんと、日本の音楽シーンを長年牽引してきた実力派アーティストが名を連ねています。詳細は公式サイトまで。

<番組概要>
番組名:NOEVIR Color of Life
放送日時:毎週土曜 9:00~9:30
パーソナリティ:唐橋ユミ
番組Webサイト: https://www.tfm.co.jp/color/

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