歴史は繰り返す! 100年前のパンデミック…… “マスク”に悩む文豪・菊池寛

4月6日(木)放送のラジオ日本「わたしの図書室」では、菊池寛の短編「マスク」を紹介する。朗読は日本テレビアナウンサーの井田由美。

100年前にスペイン風邪が猛威を振るった日本で、マスクをすべきか、外すべきか。
悩みに悩んだ男がいた。
頑健に見えながらも深刻な心臓病を持つがゆえに、怖くてマスクを外せない主人公。
文壇の重鎮、菊池寛が1920年(大正9年)に、自分の体験をもとに書いた「マスク」。
「マスクの着用は個人の判断で」となった今の日本にも相通ずる、人々の戸惑いと悩みを文豪らしい筆致で語っていく。

マスク着脱の迷いばかりでなく、外出自粛の巣ごもり生活、感染者との濃厚接触の恐れ、基礎疾患と重症化の関係、連日発表される感染死者数……と、そこに描かれるのは、すべてがこの3年間の新型コロナ禍にあった私たちの生活とそっくり。

「誰も、もうマスクを掛けていない時に、マスクを掛けているのは変なものだよ」
「が、それは臆病でなくして文明人としての勇気だと思うよ」
さあ、どうする? 菊池寛!
現代人のみなさんは、どうする?

また、この日はもう1作、菊池寛の「私の日常道徳」も併せて朗読。
文壇のご意見番として君臨した菊池寛の、個人的な金銭感覚、世渡り術、人間関係に関する信条が簡潔に述べられる。

【菊池寛】
1888年(明治21年)~1948年(昭和23年)享年59歳
代表作は、小説『恩讐の彼方に』『真珠夫人』『藤十郎の恋』、戯曲『父帰る』『屋上の狂人』など。作家活動の他にも文藝春秋社の設立、芥川賞・直木賞、菊池寛賞の創設にも寄与した。また、日本文藝家協会の初代会長に就任し、作家の地位向上や著作権保護に努めるなど、菊池寛が後世に残した功績・影響ははかりしれない。

わたしの図書室
放送局:ラジオ日本
放送日時:毎週木曜 23時30分~24時00分
出演者:井田由美(日本テレビアナウンサー)
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花がテーマのメッセージ紹介!阿佐ヶ谷妹「これならお姉さんにも咲かせられる」で口論にも花が咲く

4月29日の『大竹まことゴールデンラジオ』は祝日のため大竹まことがお休み。『ツツジ、ナデシコ、カーネーション お花の話』をテーマに皆さんから頂いたメッセージを、阿佐ヶ谷姉妹のおふたりと砂山圭大郎アナウンサーが紹介した。

――小学生の頃、祖母が切った庭のツツジを学校の教室に飾っていた、というメッセージ――

江里子「あらー素敵。おうちに立派な枝ぶりのものがないと、なかなかそうやってお裾分けでききないから、すごいわね」

美浦「そうそう、お花を学校に持ってきてくれる子いたもんね」

江里子「私はね、高校の時、お花の水を取り替える人だった。(笑)」

美浦「水を取り替える人だったの?お花係?」

江里子「別に係じゃないけど」

美浦「自主的に変えてたの?」

江里子「自主的にお花の水替える係してたの。1人だけ見てくれてる人がいてたの。江里子さんはいつでもお花の水替えてるわねって言ってくれて」

美穂「いいじゃない」

江里子「いいかな?(笑)」

――アマリリスはあまり水をあげなくても花が咲いたというメッセージ――

美穂「(資料を見て)これほら、きれいなアマリリスですね。なんか手間をかけないと咲かなそうな花ですけど、ちょっとだけお水あげれば綺麗に咲くということで、いいですね。これだったらお姉さんも咲かせられるんじゃない?」

江里子「なんで私がお花咲かせられない人みたいなことになってるの?」

美穂「お姉さんほら、よく枯らせるから」

江里子「私は枯らせたんじゃなくて、プチトマトを育てたら、カラスに持ってかれちゃったって話でしょ?」

美穂「ガジュマルの木みたいの枯らしたじゃないの?」

江里子「ガジュマルの木は枯らしたっけ?あっ、確かに水を吸わなくなっちゃったのね」

美穂「水をちょっとでいいなら、これ私にもいいわね」

江里子「あまり水をあげないアマリリスって、『あまり』が多くて、ちょっとドキドキしちゃいました」

美穂「あまりあげるとよくないんでしょ?」

江里子「あまりアマリリスにあげるとね」

美穂「ちょっと分かんなくなってきた(笑)」

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