米下院議長台湾訪問と習近平国家主席の「火遊び」発言の“危険度”を探る

飯田和郎・元RKB解説委員長

アメリカのペロシ下院議長の台湾訪問でメディアを賑わしているキーワードが「火遊びは自らの身を滅ぼす」。7月28日にあった米中首脳による電話会談で、習近平国家主席がバイデン大統領に発した言葉だ。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長がRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、この「火遊び」発言の真意を解説した。

中国側の発言に出てくる「火遊び」の意味合い

「火遊び」と聞くと、子供が大人の目を盗んでマッチやライターで火を付ける、あるいは男女のいわゆる「いけない恋愛」を連想するかもしれない。しかし、中国語では「玩火自焚」(Those who play with fire will be perished by it)つまり「火遊びは自らの身を滅ぼす」という古事成語だ。

 

習主席がバイデン大統領に言ったのは、もちろん台湾問題をめぐる強い警告としての意味だ。「台湾問題をもてあそんでいると、大変なことになるぞ」と。そして、アメリカにはない中国の長い歴史を誇示している。同時に中国国民向けに「中国人は黙っていないぞ」とアメリカに強い態度を見せつけている。それは習主席が提唱しているスローガン「中華民族の偉大なる復興」に通じると私は思っている。

 

習主席はこのように言っている。

「台湾問題において、中国政府と中国人民の立場は一貫している。中国の主権と領土の一体性を断固として守る。これは、14億人以上の中国人の確固たる意志である。民意に逆らってはいけない。火遊びは必ず自らの身を滅ぼす」

確かに強い表現だ。今回、日本や欧米のメディアは、この「火遊びは自らの身を滅ぼす」の個所を強調しているようだ。ただ、この「火遊び」発言が出てきたのは、今回が初めてではない。昨年11月、2人はオンラインで首脳会談を行った。そこでも習主席は台湾問題に触れている。

「台湾当局は繰り返しアメリカを頼って独立を企てている。またアメリカの一部の者は台湾を使って、中国を押さえつけることを訴えている。このような趨勢は危険であり、火遊びだ。火遊びは必ず自らの身を滅ぼす」

確かに「火遊び」に言及している。中国では、最高指導者の習主席だけではなく、ここ2年ぐらいの間、この「火遊び」発言が何度も飛び出している。ペロシ下院議長が台湾に到着した直後に、中国外務省が抗議の声明を出しているが、その中にも、「火遊びは自らの身を滅ぼす」の漢字4文字が含まれていた。

 

さらに、先ほど紹介した「玩火自焚」つまり「遊ぶ」「火」「自分を」「燃やす」を直訳すると、「火遊びをしているうちに、火が自分に燃え移って焼け死んでしまう」という恐ろしい意味になる。ただ、中国での意味は、「やめておきなさい」と、たしなめたり、「自業自得になりますよ」と抑止する際に使われる。やや、穏やかな意味合いに感じる。

 

実際、この「火遊び」発言をした昨年11月のオンライン会談について、中国側は「この会談は率直、かつ建設的で、実質的かつ生産的。相互理解を促進し、米中関係に対する国際社会の前向きな期待を高め、両国と世界に強いシグナルを送るのに役立つ」と会談を、前向きに評価していた。

 

ただ当時はロシアによるウクライナ侵攻前で世界情勢が違う。同じ習主席からバイデン大統領に対する「火遊び」発言でも、意味合いが違う。今回の首脳会談に関する人民日報の記事を見ても、昨年11月の時のような「いい会談だった」というような評価はない。

日本に「火遊び」発言が向けられることは?

ウクライナ問題で米中対立が深刻化するなか、ペロシ下院議長がアメリカの下院議長として25年ぶりに台湾を訪問した。議長は新疆ウイグル自治区や香港での人権弾圧に関し、中国非難の急先鋒。2019年に2度目の議長に就いた。ただ、本人は「4年で議長を降りる」と公言してきた。なにより11月の中間選挙で与党・民主党は下院で多数派を失い、来年1月の新しい議会では議長ポストを共和党に明け渡す公算が大きい。今回の台湾訪問はペロシ氏自身のレガシー(=政治的遺産)づくりという側面もある。

 

アメリカの議員や、元政府高官が正式な外交関係のない台湾を相次いで訪れている。ヨーロッパの議会からも台湾訪問が続く。一方、日本はどうだろうか。注目したいのは、先週、自民党の石破茂元幹事長ら超党派のメンバー4人が台湾を訪れたことだ。石破氏とメンバーの浜田靖一議員は、いずれも防衛大臣経験者。地域の安全保障を主なテーマに、蔡英文総統と会談したほか、台湾の外交部、国防部幹部と意見交換した。

 

石破元幹事長は、台湾に最も近い日本として、欧米に足並みを揃えるべきと考えたのだろう。実は、台湾外交部主催の晩さん会の模様が、外交部のフェイスブックに上がっている。日本側のメンバーと台湾の呉釗燮(ご・しょうしょう)外交部長(=外務大臣)がお互い肩を組み合って盛り上がる写真がアップされている。中国側もこの写真をチェックしているだろうし、面白く思っていないだろう。

 

石破元幹事長は、蔡英文総統との会談で、こうも言っている。「安倍元首相の遺志が果たせていないことはとても残念です。安倍元首相の理念を推し進め続け、しかるべき責任を担う用意がある」。安倍元首相の遺志とは、まさに「台湾有事は日本有事。日米同盟の用事だ」という昨年12月の言葉だ。中国が猛反発したのは記憶に新しい。安倍さんが亡くなっても、台湾を巡る安全保障に認識に変化はない。

 

7月22日、日本は最新版の「防衛白書」を公表した。台湾をめぐる情勢に力点を置いていることも、ひとつの特徴だ。たとえば、こんな記述がある。「台湾は日本の極めて重要なパートナー。台湾情勢の安定はわが国の安全保障にも重要だ」。台湾に関するページは、昨年の2倍になっている。

 

中国の「火遊び」発言。抑制的な意味合いから、強硬な意味合いに変化していきかねない。そして、日本にも「火遊びをするな」とけん制してくる可能性もある。中国側から発せられる「火遊び」の言葉をウオッチしていきたい。

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飯田和郎(いいだ・かずお) 1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

田畑竜介 Grooooow Up
放送局:RKBラジオ
放送日時:毎週月曜~木曜 6時30分~9時00分
出演者:田畑竜介、田中みずき、飯田和郎
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米下院議長台湾訪問は「習近平3期目続投に難しい課題」ウォッチャーが解説

飯田和郎・元RKB解説委員長

アメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問し、蔡英文総統と会談した。当然、中国は反発しているが「振り上げた拳をどうおろしていいかは中国にとって難しいのでは」と、東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB開設委員長は見ている。RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で解説した。

 

ペロシ下院議長台湾訪問をめぐって注目した点が2つある。

 

①台湾の人たちが議長を大歓迎。到着した空港や、滞在するホテルの前での人だかり。熱狂している。メディアも、議長の台湾訪問一色。台湾の人たちはそれだけ、「中国の脅威」を強く感じ、アメリカを頼りにしたい思いの表れだ。

 

②一方、議長が到着するやいなや、即座に中国政府や軍、議会などは抗議声明を出した。さらに中国軍は議長の台湾到着に合わせたように、台湾周辺での軍事演習を開始した。

 

ただ、この反発も「型通り」に見える。緊張は当面、収まらないが、今後の対応に困っているのは、むしろ中国側、習近平政権の方ではないだろうか。

 

習近平国家主席がメンツをつぶされたのは確かだ。とりわけメンツにこだわる中国人、その中国人14億人の最高指導者だけに、だ。しかも先月28日に、バイデン大統領と2時間20分も電話協議を行った矢先。「議長の台湾行きをやめさせるべき、とあれだけ、クギを刺していたのに」との思いは強いはずだ。

 

また、秋の共産党大会が迫る。異例の3期目入りを狙う習近平氏は「外」の世界と摩擦を起こしたくない。また、この8月には共産党の高級幹部や引退した長老たちが避暑地に集まり、人事や政策を話し合う重要会議もある。当然、習近平政権の対米政策も議論に上るだろう。そのために先月28日の米中首脳会談に応じたはずだった。中国にとって、議長の台湾訪問は、あまりにタイミングが悪すぎる。

 

このように政治的に敏感な時期だけに「振り上げた拳をどうおろしていいか」も難しいだろう。中国軍は今月2日から台湾周辺で合同軍事作戦に入った。また、4日から7日までの4日間、台湾をぐるりと囲むように大小6つの海域・空域で実弾発射を含む、「重要な軍事演習」を行うと発表している。

 

1996年の台湾海峡危機の際は、米中の間には、経済力・軍事力に大きな差があったが、今は中国が進める高性能兵器の開発も含めて接近している。当面、緊張状態が続くだろう。だが、述べてきたように、この政治的に敏感な時期、習近平政権に「アメリカと事を構える」気持ちはない。

 

国内向けには、アメリカとの関係でコワモテの姿勢を示しつつ、世論の動きを見ながら、振り上げた拳をゆっくりとおろす。米中双方で意思疎通をはかることも進めていくだろう。それが中国のメンツを保つことにもつながる。私はそんなシナリオだと思う。

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