10月からのJ-WAVEはLiLiCoさんや「夜の本気ダンス」が新ナビゲーターに!

10月からJ-WAVEは、新番組が続々スタート。『SPARK』火曜日をSHISHMOが担当するなど、ナビゲーターの顔ぶれも変わります!

新番組:モデルの横山エリカが土曜の午後新番組をナビゲート

『FRUIT MARKET』10月1日(土)スタート

1週間のトレンドトピックをギュッと凝縮してお届け! いまチェックしておきたい“キニナル”トピックを取り揃えて音楽とともにお届けします。

■放送時間:毎週土曜日 15時~17時
■ナビゲーター:横山エリカ

新番組:月~木曜夜に“いま聴くべき音楽”を発掘していくワイドプログラムが登場!

『SONAR MUSIC』10月3日(月)スタート

いま聴くべきフレッシュな音楽を発掘していく新しい音楽プログラム! 話題のアーティストからゼクスとブレイク間違いなしのニューカマーまでいち早くチェックします。

■放送時間:月曜日~木曜日の23時30分~25時
■ナビゲーター:藤田琢己
■日替わりの出演者
月曜日:emma、火曜日:DAOKO、水曜日:Licaxxx、木曜日:水野良樹(いきものがかり)

新番組:金曜夜はradikoタイムフリーに合わせた30分サイズの文化プログラム

『J-WAVE DEEP CAST』10月7日(金)スタート

10月より金曜日の夜25時~27時まで濃度の高い30分サイズの文化プログラムを4番組集めたゾーン“J-WAVE DEEP CAST”を編成します。

■放送時間:毎週金曜日 25時~27時
■ナビゲーター:ACE、奥山由之/安部勇磨(never young beach)、サラーム海上、武藤将胤

新ナビゲーター:スリーピースバンドSHISHAMOのメンバーが皆さんの活動を応援!

『SPARK』10月4日(火)より火曜日のナビゲーターとして、SHISHAMOが登場

SHISHAMO201610

「憧れを形にする」をキーワードにお送りしている深夜のプログラム「SPARK」。日替わりのアーティストでお届けします。

■放送時間:毎週月曜日~木曜日 25時~26時
■日替わりの出演者
月曜日:尾崎世界観(クリープパイプ)、火曜日:SHISHAMO、水曜日:水曜日のカンパネラ、木曜日:今市隆二(三代目J Soul Brothers from EXILE TRIBE)

新ナビゲーター:金曜昼からはLiLiCoさんが東京のオモシロ最新情報を発信

『ALL GOOD FRIDAY』10月7日(金)スタート

 

東京に芽吹く新しく面白い才能をシェアしながら映画やライフスタイルにまつわる最新情報もチェック!LiLiCoさんによる相談コーナーもお届けします!

■放送時間:毎週金曜日 11時30分~16時
■ナビゲーター:LiLiCo/稲葉友

新ナビゲーター:京都発ロックシーンの注目バンド「夜の本気ダンス」が深夜のリスナーを踊らせまくる!?

『THE KINGS PLACE』 10月3日(月)より月曜ナビゲーターとして、夜の本気ダンスが登場

月曜から木曜まで4組のナビゲーター(バンド)が あらゆる形でコラボレーションする、新時代、新感覚、新形態の番組です。

■放送時間:毎週月曜日~木曜日 26時~27時
■日替わりのナビゲーター
月曜日:夜の本気ダンス、火曜日:パスピエ、水曜日:04 Limited Sazabys、木曜日:Suchmos

秋の新番組情報は、J-WAVEホームページでも公開しています。秋もradikoでラジオをお楽しみください!

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戦争を知らない世代へ平和の尊さを説く─東京大空襲を生き延びた女性が語る空襲体験

戦後81年が経ち、太平洋戦争を体験した方は、本当に少なくなりました。当時、空襲を体験した小学生たちも、いまや90歳前後です。今回は、戦争の悲惨さ、平和の尊さを語り継ぐ「空襲体験者」のお話です。

東京大空襲の写真を解説する二瓶治代さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

B29による空襲は、昭和19年6月16日、北九州・八幡製鉄所から始まり、翌年の終戦まで、全国200以上の都市で続きました。中でも、昭和20年3月10日の東京大空襲は、およそ300機のB29から32万発ともいわれる焼夷弾が投下され、下町一帯は火の海に……わずか2時間半の空襲で、およそ10万人もの命が奪われ、「世界史上最大の空襲」ともいわれています。この東京大空襲の惨状を今に伝えているのが、東京都江東区北砂にある「東京大空襲・戦災資料センター」です。

江東区北砂一丁目にある「東京大空襲・戦災資料センター」

もともとは、東京都が「平和祈念館」の建設を進めていました。ところが、財政難から計画は凍結されてしまいます。「それではいけない」と、民間による建設の動きが始まり、4000名を超える人たちから、1億円を超える募金が寄せられました。そして2002年、民立民営の平和博物館、「東京大空襲・戦災資料センター」が開館しました。

焼夷弾のレプリカ。その構造や威力もわかりやすく展示

館内では、空襲の悲惨さを伝える写真や映像、絵画、地図、焼夷弾などが展示され、講演会やシンポジウム、特別展などが行われています。開館当時は、20人ほどの「空襲体験者」が戦争の悲惨さを伝えていました。しかし今、その数は少なくなりました。その中の一人が、二瓶治代さんです。二瓶さんの空襲体験の一部をご紹介します。

~・~・~・~

昭和20年3月10日、私は8歳で、家は亀戸駅の近くにありました。その夜、父が「今夜はいつもと違う、起きろ!」と叫んだので、私は飛び起きました。外に出ると、砂町方面が真っ赤に見えました。家族で防空壕に避難しましたが、やがて人々の叫び声が聞こえてきました。父が「ここにいたら、蒸し焼きになるぞ。防空壕から出ろ!」と言いました。私たちは線路の土手に登りました。そこから見た下町一帯は火の海でした。

燃え盛る炎がゴーッと音を立てて家々をのみ込み、人々は燃えながら走っていました。背中に背負った赤ん坊が燃え、手を引かれた子どもが燃え、転んだ子どもは、その場で火の塊になって燃え尽きていきました。やがて、土手にも火が迫ってきたので、私たちは炎が渦巻く火の海の中を、亀戸駅方面へ逃げました。その途中、被っていた防空頭巾が燃え出し、「頭巾をとれ!」と父が叫び、私はあわてて紐を解こうとしました。その時、父とつないでいた手が離れ、強い風に煽られ、私は炎の中に吹き飛ばされてしまったのです。

気がつくと、家族とはぐれて、一人で逃げ回りました。うずくまっている人が、緑色の炎をあげて燃えているのを見ました。馬が燃えながら走っているのを見ました。どこからか、「こんなことで死んでたまるか。みんな生きるんだ!」と叫ぶ男の人の声を聞きました。

私は動けず、その場にうずくまっていると、意識が遠のいていきました。明け方、私は重なり合った人たちの一番下から、父に引きずり出されました。私の上に重なっていた人たちは、真っ黒な炭になって亡くなっていました。この日、私は、生きたまま焼き殺された多くの死者たちに、命を助けていただいたのだと思っています。

~・~・~・~

二瓶さんが「東京大空襲・戦災資料センター」を初めて訪れたのは、2002年、開館して間もない夏の終わりでした。その時、センターの担当者から「当時の体験を語ってほしい」と頼まれます。「こんな私の話なんて……」と断ろうとしますが、岩手県から修学旅行でやってくる中学生50人のために話してほしいとお願いされます。

戦時中に使われていた防火用水

「東京大空襲のことは、我が子にも話さなかった」という二瓶さん。悩んだ末に、当日を迎えます。用意した原稿に目を落としたまま、20分間、顔を上げられず、空襲体験を語り終えました。「そっと顔を上げたんです。すると50人の生徒さんが全員、じっと私を見つめていたんです。身を乗り出して聞いてくれていた生徒さんもいて、ああ、戦争を知らない子どもたちに勇気をもらった……と涙が溢れました」これがきっかけとなり、二瓶さんは、今も空襲体験を語り続けています。

地図の丸印は東京大空襲の直後、仮埋葬が行われた場所

「戦争で一番の犠牲になるのは、いつの時代も、幼い子どもたちです」二瓶さんの言葉が、戦争を知らない私たちに平和の尊さを問いかけています。

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