「我々は日本より下なのか」メッシ騒動が示唆する中国の国民感情

アメリカのプロサッカーチーム、インテル・マイアミが2月4日に香港で親善試合を行なった。多くのファンが、所属するリオネル・メッシ選手の華麗なプレーを楽しみにしていたが、香港では結局、出場しないままに終わった。その余波で、中国国内で3月に予定されていたアルゼンチン代表の試合が中止になる事態に発展している。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長は15日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、この出来事から中国の事情、そして中国人のメンタリティーについて解説した。

メッシ欠場で香港の会場は騒然

「世界最高のサッカー選手」と言われるアルゼンチン代表、メッシ選手のアジアツアーの波紋は「いまだに収まらず」だ。その理由はあとで説明するとして、まずは経緯をおさらいしよう、

アメリカのプロサッカーチーム、インテル・マイアミが2月4日に香港で親善試合を行なった。多くのファンが、所属するリオネル・メッシ選手の華麗なプレーを楽しみにしていたが、香港では結局、出場しないままに終わった。その余波で、中国国内で3月に予定されていたアルゼンチン代表の試合が中止になる事態に発展した。

FIFA(=国際サッカー連盟)は1月、メッシを2023年の最優秀選手に選出した。2年連続、実に8度目の受賞。そのメッシがやって来る、ということで盛り上がったが…。香港ではベンチに座ったままで、ピッチには現れなかった。

メッシは興業の目玉。メッシを目当てに高額のチケットを買ったファンは、香港だけではなく、中国本土からもたくさん駆け付けた。試合に出てこないものだから、観客のイライラは募り、試合終了の笛が鳴ると、ブーイングや怒声で会場は騒然となった。あわてた試合の主催者はチケット代金の半額を返金すると発表した。

補助金を出す予定だった香港政府の説明では、メッシは「健康上の問題がない限り、少なくとも45分間は出場することが協賛の条件だった」と明かしている。「フル出場はしないけど、その半分は出る」という約束だったという意味だろう。チームは、欠場の理由として「けがのため」と説明していた。

「もう一発平手打ちをくらったようなもの」

だが、その3日後の7日、東京で開催されたヴィッセル神戸との親善試合には出場している。「メッシ、降臨!」、日本のファンを魅了した。約35分の出場だったが、随所に見せ場をつくった。日本のメディアは高い評価を与えていた。

それが香港、そして中国本土にも伝わる。香港での試合の主催者は、「香港では出場しなかったメッシが日本で出場したことは、もう一発平手打ちをくらったようなものだ」とコメント。やはり、日本では出場したことが問題をこじらせた形だ。

ヴィッセル神戸との試合後、マイアミの監督はコメントしている。「メッシは前日の練習で調子がよかったので、出場することになった」と。だけど、香港や中国のファンは納得しない。

日本での試合出場でメンツの問題に発展

香港はイギリスの植民地だったから、サッカーは人気スポーツだ。中国本土でも、サッカーは一、二を争う人気のボールゲームだ。例えばワールドカップ、イングランドのプレミアリーグでは、中国代表や、中国人選手が出場していなくても、スタジアムのピッチサイドには中国企業の広告があふれている。衛星放送を観る中国のファンをターゲットに入れてのことだ。

メッシ騒動はさらに広がる。ついには、3月に北京などで開催が予定されていた、アルゼンチン代表対ナイジェリア代表、それにアルゼンチン代表対コートジボワール代表の2試合がキャンセルになった。北京市サッカー協会は10日、ホームページに、こんな声明を発表している。

「多くのサッカーファン、ネットユーザーからメッシ選手は北京でプレーするのか、問い合わせが寄せられましたが、メッシ選手が出場する試合は現在、北京では予定されていません」

「問い合わせ」とあるが、要は「アルゼンチン代表の試合をするな」「メッシを北京に入れるな」という圧力ではないだろうか。当然ながら「バカにされた」「コケにされた」というメンツの問題がある。日本での親善試合でメッシがゲームに出なかったら、ここまでの騒ぎになるだろうか。

言うまでもないが、中国では国際的な地位の向上によって、国民の間で大国意識が高まった。とりわけ、サッカーという競技そのものが国家意識をくすぐるものだ。

中国の近現代史は長く蹂躙され、民族としてのプライドが傷つけられてきた。そういう中で、今や大国になった。習近平主席もより強い国にしようと、国民に提唱してきた。そういう中で、「我々は日本より下なのか」という自尊心が損なわれたと感じたのだろう。どうしても、比較する対象が日本となると、中国人の感情が高揚しがちになる。

そして「メッシのチームは、香港でこんな扱いをしたのだから、ましてや本土でメッシも名前を連ねるアルゼンチン代表の試合を許していいのか」という思いがふくらんだ。SNSにはメッシに対し「二度と中国に来るな」といった批判が多数投稿されている。

アルゼンチンの政権交代も代表戦見送りの理由?

今回、中国国内で開催されなくなったアルゼンチン代表の試合は、そういう声に押されて開催見送りを決めたのだろう。ただ、中国国内で行う予定なのに、アルゼンチン代表が対戦するのは中国代表ではなく、ナイジェリア代表、それにコートジボアール代表だ。中国のファンからすれば、外国のチームと外国のチームの対戦だ。

アルゼンチンは現在、FIFA(国際サッカー連盟)のランキング1位、つまり世界一だ。だからビジネス、興行的な色彩が強いマッチングだった。FIFAランク79位の中国代表が対戦しないという事実は、中国代表チームの実力も反映しているだろう。先日あったアジアカップでは、中国代表は1次リーグ3試合を戦って、結果は引き分けが二つ、負けが一つ、勝利はなし。決勝トーナメントに進めなかった。

中国のサッカーファンは自分の国の代表にフラストレーションを溜めている。ネット上でも、厳しい言葉が並ぶ。そんな感情が渦巻くなか、香港で試合に出なかったメッシ率いるアルゼンチン代表が中国国内で、アフリカのチームと対戦すれば、イライラが爆発する事態もあり得る。試合会場で何が起きるか分からない。安全面、社会の安定を損なうから、中止を決めたという側面もあるだろう。

同時に、アルゼンチン代表の試合をさせないというのは、報復措置という意味合いもあるのではないだろうか。「中国で金儲けさせないぞ」というメッセージもあるだろう。

さらに気になることがある。アルゼンチンは新大統領ハビエル・ミレイ氏が昨年12月に就任し、政権交代が起きたばかりだ。選挙戦中、ミレイ氏は習近平主席を名指しして「共産主義者とは手を組まない」と発言している。前の左派政権の親中国路線から親米路線への転換を掲げて当選した。

ベッカム氏も巻き込んだアルゼンチンと中国の摩擦

中国が力を入れている新興5か国の組織、BRICSという枠組みがある。アルゼンチンは今年1月から、このBRICSへの新規加盟が決まっていたが、新大統領は参加をやめた。前の左派政権は、BRICSの加盟国拡大の旗を振る中国を重視していたが、政権交代で中国とアルゼンチンの関係が悪化する可能性がある。

当然、中国もアルゼンチンへの態度を硬化する。アルゼンチン代表の試合を北京で行わないと、中国側が決めたのは、このあたりの事情も絡んでいるのではないだろうか。

ところで、このメッシ騒動には、イングランドの名選手だったデビッド・ベッカム氏も巻き込まれた。中国の旧正月に合わせて中国版SNS、微博(ウェイボー)に自身の動画とともに、中国語で「明けましておめでとうございます」と中国のサッカーファンに向けてメッセージを投稿したところ、中国の一部ファンからは「俺たちをなめるな」など厳しい反応も寄せられた。

実はベッカム氏、現在メッシが所属するインテル・マイアミの共同オーナーを務めている。中国のファンの機嫌を直そうとしたのか、真意は不明だ。

サッカーが刺激した民族感情。そして起きた摩擦。当面は影響を及ぼしそうだ。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

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