「日本人何人目」はどこか変!ノーベル賞ウイークに考える国籍・戸籍

ノーベル賞ウイークだ。RKB報道局の神戸金史解説委員がたまたま友達になった女性は、東京生まれ・東京育ちだが、日本ならではの複雑な国籍・戸籍制度のせいで、日本国籍も戸籍も持たない。生活上で使っている名前は漢字表記だが、本当はアルファベットなのだ。国籍を考える貴重な例として、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で紹介した。

ノーベル賞「日本人何人目」どこか変!?

今週はノーベル賞ウイークです。10月3日は生理学賞・医学賞が発表となりました。毎年このシーズンになると、日本人の誰かが受賞するのではないかと、非常に注目されます。その「日本人」とはどんな人のことを言うのでしょう?

昨年受賞した真鍋淑郎さんは、記者会見で「なぜ国籍を変えたのですか」という問いに英語で答えました。「日本では人々がいつも他人に迷惑をかけまいと気を遣う。私は他の人と調和的に生活することができないんです」。会場では笑いも起きていました。

冗談で言っていますが、実はそうではありません。日本人が海外で暮らす時、自分の意思で他の国の国籍を取る場合、日本の国籍ははく奪されてしまう「国籍法」があるんです。だから、真鍋さんはアメリカで研究を続けていくために、自分の意思でアメリカの国籍を選び、日本の国籍を捨てるという選択をしたということなんですね。

真鍋さんは「28人目の日本人受賞者」と紹介されましたが、正確に言えば米国籍。「日系アメリカ人」のシュクロウ・マナベさんが受賞したということになります。真鍋さんが「日本人何人目」という表現ができるのだろうかという疑問を感じていました。

文学賞を取ったカズオ・イシグロさんは、生まれは日本で、イギリスで育ち、母語としては英語を選んでいます。日本語よりも英語で会話をするし文章も書くし、名前も漢字表記ではなくてカタカナ表記をされています。NHKがノーベル賞ウイークで特設サイトを作っているのでのぞいてみると、カズオ・イシグロさんの名前はない。どう線を引いているのか、よくわかりません。

「“国籍はく奪条項”は違憲」訴訟にも

ドイツと日本の「ハーフ」とおっしゃっているサンドラ・ヘフェリンさんというコラムニストがいます。昨年真鍋さんが受賞した時に書いていた彼女のコラムが気になって、保存しておいたんです。「真鍋さんは米国籍のアメリカ人ですよね」と。実は、国籍をはく奪されるという国籍法の条項が違憲ではないかと裁判も起きている、と紹介しています。

スイスで仕事をしていた日本人の社長がいました。ところが入札に参加する際、スイスでは「社長にスイス国籍がないと入札が認められない」ということだったので、日本の国籍がなくなるということを知らないままスイス国籍を取得したそうです。

数年後にパスポートを更新しようとしたら、日本国籍がないと判明して「えー!」と。国籍法にそもそもこういう条項があるのは憲法違反なんじゃないかと裁判を起こしています。1審は敗訴しましたが、控訴中です。

もう一つ、アメリカに住んでいる日本人女性の話。日本に高齢の母親がいて、体調を崩して介護が必要になりました。長期間、日本に滞在して母親の介護をしたいんですが、アメリカのグリーンカードは、日本に長期滞在すると失効してしまいます。夫のいるアメリカにもスムーズに戻れるようにするには、どうしたらいいでしょうか?

考えた末に、アメリカ国籍をこの女性は取得しました。つまり、日本の国籍を失いました。「これはおかしくないですか?」と、裁判で原告の支援者として活動しているそうです。

実は国籍法にはこういった問題があります。二重国籍というのが一時問題になりましたが、国籍が2つあって何でまずいのでしょうか? 国際社会なのに。ノーベル賞の話を聞いても「よくわからない」というのが正直な感想です。

昨年、真鍋さんのニュースを見てから、いろいろ考えていました。ちょうど、居酒屋で友達になった女性がいて、話していたら非常に面白かったので、ご紹介します。

国籍には「生地主義」と「血統主義」が

まずはルーツをさかのぼります。

日本のご夫婦が100年近く前にイギリスに渡りました。1930年に息子が生まれました。仮に「田畑一郎」くんとしましょう。田畑一郎くんはどんな国籍になるでしょうか?

国籍には、「生地主義」と「血統主義」があります。生まれた地域で国籍を得るのが「生地主義」。アメリカで生まれれば、たとえ不法移民の子であろうともアメリカ国籍になる。「血統主義」は、日本やイギリスなどがそうですが、父親か母親の国籍が重視されます。「父系」と「父母両系」の2つがあります。

【補足】イギリスは原則「生地主義」ですが、世界に植民地が広がっていたため、海外や植民地の出身者には、血統主義も取っています。

日本は血統主義ですから、イギリスで生まれた田畑一郎くんは、日本国籍を持ちます。そしてイギリスで生まれたから、英国籍も持ちました。つまり二重国籍になったんです。

さて、田畑一家は戦争前に日本に戻ってきました。敗戦となり、田畑一郎くんは英語ができるため、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に勤めました。日本では22歳になると、どちらかの国籍を選ばなければいけません。GHQで働いていて、頭の中では英語でものを考えている田畑一郎くんは、英国籍を選びます。その時、日本国籍がなくなったので、漢字の表記もなくなりました。東京で暮らす「在日イギリス人」のIchiro Tabataになったんです。

※英国籍=「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」国籍

「夫婦同姓」を拒否した法務省

日本には「戸籍」というのがあります。実は、世界にはあまりなく、中国とか台湾くらいにしかなくて、それもかなり形骸化しています。日本だけは、ビシッと残っています。国籍の話は、戸籍があるために、もっとややこしくなるんです。

Ichiro Tabataくんは日本の女性と結婚しました。仮に「武田知子」さんとしましょう。武田さん、婚姻届を出したんですけど、相手のIchiro Tabataくんには日本の国籍がありません。武田知子さんは入る戸籍がないんです。自分の戸籍謄本には「連合王国民タバタイチロウと婚姻」とカタカナで書いてあります。生活上の姓は同じ「田畑」なんですけど、戸籍がないので、公的な文書では旧姓の「武田」しか使えません。

当時は、夫婦別姓を望む人はほとんどいなかったので、別姓だと「愛人」のように思われてしまうという時代でした。武田さんは、新婚旅行に行くのにパスポートを取るとき「同じ田畑姓にしたい」と法務省に言ったんですが、ダメ。「夫婦同姓がダメ」と言われるという非常に珍しいケースです。

Ichiroと知子の子供はどうなる?

この方の娘さんが、私のお友達なんです。仮に「奈也花(ななか)」さんとしましょう。東京で生まれ、日本語を母語として育ちました。でも日本は「生地主義」(生まれた場所で国籍が与えられる)ではないので、日本国籍にはなりません。

当時の日本は「父系血統主義」。今は母親でも大丈夫ですが、当時は父親の国籍だけ。だから英国籍を引き継ぎました。母親の日本国籍は引き継げません。つまり奈也花さんは、生まれた時から「在日外国人」。両親とも日本人だった人ですけどね。国籍はあるけど、戸籍はないんです。

「奈也花」という漢字名を日常生活で使っているんですが、通称に過ぎません。パスポートは「Nanaka」と英語で書いてあり、正式名はアルファベットなんです。選挙権はないのに、所得税や住民税は払っている奈也花さん。日本人と結婚しましたが、戸籍がありません。「ないものは入れられない」から入籍できないんです。夫の戸籍にだけ、「連合王国民Nanakaと婚姻した」と書かれているというのです。

戸籍というものがあることで、ものすごくややこしくなっています。本来、国籍で考えるべきかなとも思います。

奈也花さんの意見です。

「家族の姓が同じでないと一体感を得られない、という主張には、全く説得力がありません。私たちはちゃんと暮らしてきました。国籍に関係なく、同姓にしたい夫婦には同姓を認めてほしいけども、実は国はそれを許していません。夫婦同姓を認めていないのです」

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~

2021.10.13

真鍋淑郎氏を「日本人」と称賛することの違和感

見過ごしてはならない国籍はく奪問題

https://globe.asahi.com/article/14459119

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神戸金史(かんべかねぶみ) 1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。

田畑竜介 Grooooow Up
放送局:RKBラジオ
放送日時:毎週月曜~木曜 6時30分~9時00分
出演者:田畑竜介、武田伊央、神戸金史
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